後楽園へ帰る 袴田巖

　「ボクシングの日」である5月19日、後楽園ホールで行われたファン感謝イベントには、再審開始の決定で釈放された元・死刑囚の袴田巖さん(78)もリングへ上がり、ファンの声援に応えた。

　1年に19度の試合をした日本記録の持ち主でもある袴田さんが、後楽園ホールのリングに上がったのは、『第277回ダイナミックグローブ』に出場して以来、約53年ぶり。ファンから温かい拍手が送られるなか、袴田さんは右手でピースサインをして、頭を深く下げた。
　リング上では拘置所生活に耐えぬいたことに敬意を評し、花束やトロフィーが授与され、WBCの名誉王者ベルトが腰に巻かれた。

　袴田さんはスピーチでも張り切った様子を見せ、「日銀のトップにボクサーがなればいい」ともコメント。自らを屈服させてきた権力という存在に強く惹かれる様子をのぞかせた。< 　これは、認知症の混じった『拘禁症状(強制的に自由を阻害される環境下で見られる人格反応)』の表れとされている。それが今なお顕著でも、今回の出席を決めた理由について、姉の秀子さん(81)は「お世話になった皆さんで、ありのままの巖を見てもらいかった」と説明した。

　直後の記者会見でも、袴田さんは雄弁に語り続けたが、心を開いている東日本ボクシング協会の新田渉世・事務局長が「おかえりなさい」と声をかけると、「ああ」と頷き、逆に「せっかくマスコミが来ているんだから話をさせてくれ」とワガママを言う一幕もあった。

　この日の取材申請は外国メディアも含めて約100。袴田さんは、これまでにも「戦争の可能性が大きく薄れた」など、48年間遠ざかっていた社会に対する新鮮な印象を口にしてきたが、今回の会見でも「今は女がのほうが偉い時代だから男は修行をしろ」という言葉をしきりに口にした。また、入院先の病院を出る際には「後楽園へ帰る 袴田巌」と外出届に書いてきたという。

　会見には、不二拳闘クラブでトレーナーを務めていた有田昭光氏も出席。有田氏は感涙しながら、再会の握手を交わした。