基礎知識
ボクシング基礎知識

レッスン

タイトル戦

王者一覧

TV・ネット欄

試合日程
階級
プロボクシング全階級
男子■ 女子■ P=ポンド
アトム級/ライトミニマム級102P(46.26kg以下)
ミニフライ級102P超105P(47.61Kg)まで
ミニマム級105P(47.61Kg)以下
ライトフライ級105P超108P(48.97Kg)まで
フライ級108P超112P(50.80Kg)まで
スーパーフライ級112P超115P(52.16Kg)まで
バンタム級115P超118P(53.52Kg)まで
スーパーバンタム級118P超122P(55.34Kg)まで
フェザー級122P超126P(57.15Kg)まで
スーパーフェザー級126P超130P(58.97Kg)まで
ライト級130P超135P(61.23Kg)まで
スーパーライト級135P超140P(63.50Kg)まで
ウェルター級140P超147P(66.68Kg)まで
スーパーウェルター級147P超154P(69.85Kg)まで
ミドル級154P超160P(72.57Kg)まで
スーパーミドル級160P超168P(76.20Kg)まで
ライトヘビー級168P超175P(79.38Kg)まで
クルーザー級175P超200P(90.7Kg)まで
ブリッジャー級(WBC)
スーパークルーザー級(WBA)
200P超224P(101.6Kg)まで
ヘビー級200P(90.7Kg)超無制限
※IBFとWBOは201P以上/WBAとWBCは224P以上
女子ヘビー級175P超無制限
アマチュアボクシング国内階級
男子■ 女子■
階級体重(男子)体重(女子)
ピン級(ジュニアのみ)〜46kgまで
ライトフライ級46kg〜49kgまで46kg〜49kgまで
フライ級49Kg〜52Kgまで49Kg〜52Kgまで
バンタム級52Kg〜56Kgまで52Kg〜54Kgまで
フェザー級54Kg〜57Kgまで
ライト級56Kg〜60Kgまで56Kg〜60Kgまで
ライトウェルター級60Kg〜64Kgまで60Kg〜63Kgまで
ウェルター級64Kg〜69Kgまで64Kg〜66Kgまで
ライトミドル級66Kg〜70Kgまで
ミドル級69Kg〜75Kgまで70Kg〜75Kgまで
ライトヘビー級75Kg〜81Kgまで75Kg〜80Kgまで
ヘビー級80Kg〜91Kgまで81Kg〜86Kgまで
スーパーヘビー級91Kg以上
歴代世界王者
1. 白井義男
フライ級(防4)
2. ファイティング原田
フライ級,バンタム(防4)
3. 海老原博幸
フライ級
4. 藤猛
Jウェルター級(防1)
5. 沼田義明
Jライト級,WBCJライト級(防3)
6. 小林弘
Jライト級(防衛6)
7. 西城正三
WBAフェザー級(防衛5)
8. 大場政夫
WBAフライ級(防5)
9. 柴田国明
WBCフェザー級(防2),WBA Jライト級(防1),WBC Jライト級(防3)
10. 輪島功一
Jミドル級(防6),WBA Jミドル級(2度)
11. ガッツ石松
WBCライト級(防5)
12. 大熊正二
WBCフライ級,WBCフライ級(防3)
13. 花形進
WBAフライ級
14. ロイヤル小林
WBC Jフェザー級
15. 具志堅用高
WBA Jフライ級(防13)
16. 工藤政志
WBA Jミドル級(防3)
17. 中島成雄
WBC Jフライ級
18. 上原康恒
WBA Jライト級(防1)
19. 三原正
WBA Jミドル級
20. 渡嘉敷勝男
WBA Jフライ級(防5)
21. 渡辺二郎
WBA Jバンタム級(防6),WBC Jバンタム級(防4)
22. 友利正
WBC Jフライ級
23. 小林光二
WBCフライ級
24. 浜田剛史
WBC Jウェルター級(防1)
25. 六車卓也
WBAバンタム級
26. 井岡弘樹
WBCストロー級(防2),WBA Jフライ級(防2)
27. 大橋秀行
WBCストロー級(防1),WBAストロー級
28. レパード玉熊
WBAフライ級(防1)
29. 畑中清詞
WBC Jフェザー級
30. 辰吉丈一郎
WBCバンタム級(4度)
31. 鬼塚勝也
WBA Jバンタム級(防5)
32. 平仲明信
WBA Jウェルター級
33. 勇利・アルバチャコフ
WBCフライ級(防9)
34. オルズベック・ナザロフ
WBAライト級(防5)
35. 薬師寺保栄
WBCバンタム級(防4)
36. 川島郭志
WBC Jバンタム級(防6)
37. 竹原慎二
WBAミドル級
38. 山口圭司
WBA Jフライ級(防1)
39. 飯田覚士
WBA Jバンタム級(防2)
40. 畑山隆則
WBA Sフェザー級(防1),WBAライト級(防2)
41. 戸高秀樹
WBA Sフライ級(防2),WBAバンタム級(暫防)
42. 徳山昌守
WBC Sフライ級(防8),WBC Sフライ級(防1)
43. 星野敬太郎
WBAミニマム級(2)
44. セレス小林
WBA Sフライ級(防1)
45. 新井田豊
WBAミニマム級(返),WBAミニマム級(防7)
46. 佐藤修
WBA Sバンタム級
47. イーグル京和(イーグル・デーン・ジュンラパン)
WBCミニマム級(防1),WBC級ミニマム(防4)
48. 川嶋勝重
WBC Sフライ級(防2)
WBCミニマム級,WBAミニマム級暫定,IBFミニマム級(防2,防2),WBOミニマム級(防2_0)
WBCバンタム級(防10),WBCフェザー級,WBC Sバンタム級
51. 越本隆志
WBCフェザー級
WBA Sフライ級(防1),WBA Sフライ級(防2)
WBA Lフライ級(防1),WBCフライ級,WBAバンタム級(防8返)
WBAフライ級(防4)
WBCフライ級(防5)
WBCフェザー級(防1),WBA Sフェザー級(防1),WBCライト級(防2)
WBAライト級
WBC Sバンタム級(防7),同名誉王者
WBCフェザー級,WBC Sフェザー級(防3)
WBA Sウェルター級暫定(防1)
WBA Sフェザ-級(防11),V9後スーパー王者認定
WBAフライ級(2返),IBF Sフライ級
WBA Sバンタム級
WBA Sバンタム級
WBCミニマム級(防2返),WBC・WBAミニマム級統一王者,WBA Lフライ級(防3返),WBAフライ級(防4),WBO Sフライ級(防6返),WBA Sフライ級(防1)
WBA Sフライ級(0)
WBAミニマム級(0),WBCフライ級(防2),IBF Lフライ級(防2)
WBCバンタム級(防12)
WBC Sフライ級(防2)
WBCフライ級(防1)
WBAミニマム級(防1返)
WBA Sフライ級(0,防3)
WBC Sフェザー級(防4)
WBOバンタム級(防3返),WBC暫定Sバンタム級(防0)
WBAフライ級暫定
WBC Lフライ級(防1返),WBO Sフライ級(防7返),WBAバンタム(防8返),IBFバンタム(防6返),WBCバンタム級(防1返),WBOバンタム級(防0返),WBC Sバンタム級(防2),IBF Sバンタム級(防2),WBA Sバンタム級(防1), WBO Sバンタム級(防1)
WBC Sフライ級(防6)
WBA Lフライ級(防7),IBF Lフライ(防0)
WBOミニマム級(防1返),WBO Lフライ級(防1返),WBOフライ級(防3返),WBO Sフライ級(防0)
WBC Lフライ級(防0)
IBF Sバンタム級(防0)
WBOミニマム級(防0)
WBA Sバンタム級(防0)
WBC Lフライ級(防8,防4),WBA Lフライ級(防3)
WBCフライ級(防2)
IBFミニマム級(防2返),WBA Lフライ級(防3)
WBOフライ級(防2)
WBOミニマム級(防1)
IBF Sバンタム級(防1),IBF Sバンタム級暫定(防0)
WBAミドル級(防1,防0)
WBO Sフェザー級(防1)
WBC暫定バンタム級(防0),WBAバンタム級(防2)
WBOフライ級(防2返),WBO Sフライ級(防1返),WBCバンタム級(防0)
WBC Lフライ級(防0)
IBF Sフェザー級(防0)
WBO ミニマム級(防1)
IBF ミニマム級
WBC ミニマム級
WBA フライ級(防1)
IBF バンタム級(防0)
WBO バンタム級(防0)
歴代女子世界王者
ストロー級(公認前)
WBC Lフライ級
WBCアトム級,WBA Lミニマム級(統一後返上),WBC ミニフライ級
WBA Sフライ級,WBO Lフライ級
WBAミニマム級,IBFミニフライ級,WBOミニフライ級
WBCミニフライ級,WBA Sフライ級,WBOバンタム級,WBAフライ級,WBO Lフライ級
WBAライトミニマム級,WBCミニフライ級
WBA Sフライ級
WBA Lミニマム級,WBA暫定アトム級,IBFアトム級
WBCフライ級
IBF Lフライ級
WBOミニフライ級
IBF Lフライ級(公認前0),WBOアトム級
WBCミニフライ級,WBAアトム級,WBOアトム級
WBOミニフライ級
WBA Lミニマム級
WBOフライ級,WBCフライ級
WBOミニフライ級
WBOアトム級,IBFアトム級
IBFアトム級
WBOミニフライ級
WBO Sフライ級,IBFバンタム級
WBO Sフライ級
WBO Sフライ級
IBFアトム級
WBAアトム級,WBOアトム級
WBC暫定ミニマム級
ルール・用語解説
ライセンス
ライセンス
プロボクサーに発行されるライセンス。A級、B級、C級の3種類があり、ライセンスによって試合で戦えるラウンド数が決まる。C級=4R、B級=6Rまで、A級=12Rまで。また、他のプロスポーツのライセンスを保持する者は、ライセンスの交付を受けることができない。
年齢制限
17歳以上36歳まで。37歳に達した時は自動的にライセンスを失効。日本タイトル以上の王座保持経験者、世界挑戦経験者、JBCが認める団体(OPBF、WBA、WBC)のランキング15位以内の選手に限り、コミッションドクターの診断を受けることで満37歳以上の選手も試合出場を許可される。新人ボクサーに交付されるライセンスは30歳未満まで。原則としてC級ライ センスとする。
視力
視力は、左右ともに裸眼で0.3以上、新人は0.6以上。
攻撃
フォロースルー
インパクトの瞬間(パンチが目標物に到達した瞬間)、パンチ力を弱めずに力を与え続け、目標物の先までパンチを打ち抜くこと。パンチを打ち抜くことで相手の頭部を急激> に振り動かしたり、ボディに強烈なパンチをめり込ませることができる。フォロースルーされたストレートはよく伸びるパンチとなる。
ジャブ
相手に近い手で素早く打つパンチでコンビネーションの基点となる(リード・ジャブ)。相手との間合いを測ったり、フェイントにも用いられなどボクシングの基本パンチ。
ストレート
ジャブとは反対の腕で腰と肩の捻りを利かせて、最短距離でまっすぐ打ち抜くパンチで破壊力がある。が、ジャブと比べ相手までの距離が遠いため命中率は劣る。
フック
肘を「鉤形(フック)」の状態に曲げたまま弧を描くようにして横から打つパンチ。ジャブやストレートの直線的なパンチと違い横からパンチが入るので、相手に見えにくい。相手の死角から入ったフックは必殺のパンチとなる。腕を深く曲げたショートフックなどは接近戦で有効。ストレートの要領で打つ遠距離のロングフックもある。
アッパー(アッパーカット)
接近戦では非常に有効なパンチ。拳の甲を相手に向けた状態で、ひざのバネと体のひねりを利用して下から上に突き上げて打つパンチ。相手の顎やレバー(肝臓)付近を狙って打つのがポイント。大振りすると打ち終わりを相手に狙われやすいのでコンパクトに打つのことが大切である。
ボディーブロー
俗にボディーともいう。腹部、特に内臓の急所を狙って打つパンチ。決定打になりにくいが、連続することで相手のスタミナを奪うなど非常に有効なパンチ。
コンビネーション
パンチを連続的に打つ攻撃方法。左ジャブ→右ストレート→左フックなど組み合わせはいくつもある。パンチを組み合わせることによって複雑な攻撃になる。
ワン・ツー
最も基本的なコンビネーションで左ジャブ→右ストレートを連続で打ち込むこと(左利きの場合は逆)。
カウンター
相手のパンチをかわすと同時に前方に重心移動した相手に自分のパンチだけを打ち込む高等技術。
クロス
相手の肩ごしに打ち込むフック、もしくは軌道がやや湾曲したストレート。普通のストレートより体重をかけ、フォロースルーを効かせやすいが、ストレートより軌道が長くなるため、相手に防御されやすい。
クロスカウンター
相手のジャブが来たとき、自分の頭をこのジャブと反対の方向に沈めパンチを避けながら、同時にそのジャブに自分のパンチをかぶせるようにクロスを打ち込む。相手は前方に重心移動しているので、そのジャブをテコにし、カウンターの要領で相手の則頭部もしくは顎に打ち込むので効果は倍増。非常に高度なテクニックが必要とされる。
ラッシュ
相手の懐に飛び込み、連続してパンチを打ち込むこと。
スイング
フックを背中から腕を回すように大振りにかぶせて打つパンチ。破壊力は大きいが当たりにくく防御され反撃されやすい。
スマッシュ
フックとボディブローの中間から打つパンチ。アゴから脇腹まで幅広く狙うことが出来る。テニスのラケットを振る形と似ていることからスマッシュと呼ばれる。
防御
ステップワーク(フットワーク)
細かいひざの動きやステップなどで相手との距離感を保つボクシングの基本テクニック。足さばきのことを指す。
サイドステップ
対戦相手の周りを取り囲むように移動し、相手の攻撃をかわす。さらに攻撃しやすい距離やリズムを掴むことができる。
ステップイン
攻撃に移る際に相手との距離を縮めるのがステップイン。さらにパンチの予備動作・フェイントなどにも使える。
ステップバック
ステップインとは逆に、相手との距離をとる際に使用するのがステップバック。相手の攻撃をかわす際にも使われる。
パーリング
相手の攻撃を腕やグラブで払うこと。
ブロッキング
相手のパンチを腕やグラブに当てて止めること。
ストッピング
相手がパンチを打ち始める瞬間に自分のグローブを開いて止める防御テクニック。オープンブローに似てるが、こちらは反則ではなく立派な防御方法の一つである。
ダッキング
顔面へのパンチをひざを曲げ、頭を下げてかわす防御テクニック。ファイターの選手が頻繁に使用する。動作があひる(ダック)の歩き方に似ているところからダッキングと呼ばれる。
スウェーイング
上半身を後ろに反らしながら顔面へのパンチをかわす防御テクニック。スウェーバックやスウェーともいう。これを使いこなすとパンチをかわせるだけでなく、相手にむだなエネルギーを消耗させることにもなる。アウトボクサーの選手がよく使う。
ウィービング
上半身を左右に揺さぶることによって相手のパンチをかわす防御テクニック。相手のジャブを避けながら間合いをつめる時にも使われる。
フェイント
パンチを出すと見せかけて出さなかったり、前に移動すると見せかけて相手を呼び込むなど、試合中に使われる駆け引きのこと。
ヒットアンドウェー
パンチを打ったらすぐ後退、またパンチを打って後退。この繰り返しで相手からパンチをもらわずに的確に自分のパンチをヒットさせる戦術。アウトボクシングでよくみられるが、距離感が非常に重要。
スリッピング
頭を小刻みに左右に振り、相手の直線的なパンチを横にかわす防御テクニック。
クリンチ
選手同士の身体が密着したため攻防が中断されている状態のこと。また、片方の選手が故意に身体を密着させて相手の攻撃を封じる時にも使われるが、相手の身体あるいは身体の一部を抱え込んでしまうと、ホールディングという反則になる。
試合
セコンド
自陣コーナーに付き添っている3人以内のスタッフ。インターバル中にリング内に入れるセコンドは1名のみ。セコンドは、リング上にタオルを投げ込むことにより、試合棄権の合図をレフェリーに送ることができる。
ラウンド
試合における一つの区切りで時間は3分間。
試合ラウンド数
C級4回戦まで B級6回戦まで A級8回戦以上
インターバル
ラウンドとラウンドの間の1分間の休憩時間。この間にセコンドは選手に水分補給や休憩を取り、怪我の治療を行う。
ダウン
相手の攻撃を受け、足以外の身体部分がマットに接すること。相手にプッシュされた時やすべって転んだ時などはダウンとならずにスリップとなる。他に一方的に攻撃され防御もできずにダウン寸前とレフェリーに判断されるスタンディングダウンもある。
KO(ノックアウト)
ダウンしてレフェリーが続行不可能と判断したとき、もしくはレフェリーが10カウントする間に続行の意思(ファイティングポーズ)を示すことが出来なかった場合、ダウンした方が敗者となる。
TKO(テクニカルKO)
ダウンはしていないが片方が一方的に攻撃を受けレフェリーが試合続行不可能と判断した場合。または、相手選手の怪我による試合継続の中止(ドクターストップ)や相手の戦意喪失、セコンドがタオルを投入し負けを認めたときなど。
判定
最終ラウンドまでKO、TKOによる勝者が決定しない場合、3人のジャッジの採点によって勝敗を決定する。
採点
各ラウンドにおいてジャッジは両者に10点満点の採点を行い、その合計によって判定を決める。
判定勝ち
3人のジャッジの内、2人が一方を優勢であるとした場合、判定勝ちとなる。
引き分け(ドロー)
ジャッジ2人の優勢を得ることが出来ず、試合の判定がつかなかった場合引き分けとなる。タイトルマッチでの引き分けの場合は、チャンピオンが引続き王座につく。
レフェリーストップ
負傷や反則などの理由によりレフェリーの権限で試合を中断、中止させること。
メインイベント
ボクシング興行は1日に数試合を組み合わせて行われ、その日の最後に行われる試合をメインイベントと呼ぶ。
ニュートラルコーナー
赤コーナー、青コーナー以外の2つのコーナーのこと。相手ボクサーがダウンしてカウントされている間や医師の診察を受けている間、もう一方のボクサーはここで待つ。
エイトカウントシステム
プロの試合ではボクサーがダウンし、すぐに立ち上がったとしてもレフェリーは8まではカウントする。日本では、8で立ち上がれないとそのまま10までカウントされ、KO負けとなる。
ブレーク
選手同士が絡み合った時にレフェリーが間に入って両者を分けること。
ボックス
試合中、膠着状態にある両選手に打ち合いを促す合図
スタミナ
長時間動き回ったり、パンチを打ち続けても疲れない持久力のこと。ボクサーにとっては必要不可欠で、練習で走り込んだりすることで養われる。
ダウン
相手の攻撃を受け、足以外の身体部分がマットに接すること。相手にプッシュされた時やすべって転んだ時などはダウンとならずスリップとなる。他に一方的に攻撃され防御もできずにダウン寸前とレフェリーに判断されるステンディングダウンもある。
グロッキー
ダメージでふらついていること。または、スタミナが切れて疲労がピークに達すること。
グローブ
プロの試合で用いられるグローブの重量は、ミニマム級からスーパーライト級までは8オンス(227g)、ウェルター級からヘビー級までは10オンス(283.5g)。グローブは全て検査済みの物であって、タイトルマッチには未使用品を使用する。
ヘッドギア
頭部を保護するためのボクシング用具。スパーリングやアマチュアの試合では、着用しなければならない。
マウスピース
口内・歯・唇を保護するために口に入れる保護具。ボクシングでは必ず装着する。オーダーメイドもある。
試合間隔
ボクサーは、試合終了後、2週間を経過しなければ次の試合に出場できない。KO・TKOされたボクサーは、原則として90日間を経過しなければ次の試合に出場できない。連続4 回負け、及び連続3回KO・TKOされたボクサーは、120日間を経過しなければ次の試合に出場できない。
計量
試合前日に体重が規定以下かどうか検査すること。1回目の計量で規定体重以下に達しない場合は2時間の猶予が与えられ、再度計量する。
カットマン
セコンドスタッフでインターバル時にボクサーが負った傷の止血を行う人。血を止めないと流血によるTKO負けとなることもあるのでカットマンの技術は重要。
マッチメーカー
プロの試合で対戦カードをまとめる人。興行主から依頼を受け、条件に合ったボクサーと交渉し、契約までを取り仕切る。
タイムキーパー
1ラウンド3分間の試合時間を管理するスタッフ。時間を計るほかにボクサーがダウンした際にはカウント数をレフェリーに示す。
暫定王座
王者がある事情で長期間試合が出来ない場合、ランキング上位者で争われる仮の王者。
反則
サミング
グローブの親指部分を使って、相手の選手の目を突くこと。もちろん反則である。
オープンブロー
グラブの手のひら側で相手を殴ること。空手でいう掌手にあたるが、グラブをしっかり握っていないと起こり、捻挫などの怪我にもつながる。ボクシングでは反則行為である。
チョップブロー
空手のチョップのようにグローブ側面などで上から下に振り下ろす打撃。もちろん反則である。
バッティング
頭、エルボー、ショルダーなどで攻撃を加えること。反則となり、警告を受ける。
キドニーブロー
背中(特に腎臓)を故意に打撃すること。反則となり、警告を受ける。
バックハンドブロー
手の甲で相手を打撃すること。反則となり、警告を受ける。
ピポットブロー
体を回転させ、その反動で相手に攻撃すること。反則となり、警告を受ける。
ローブロー
ベルトライン(トランクスのベルト線のこと)より下への攻撃。反則となり、警告を受ける。
ラビットパンチ
後頭部を攻撃するパンチ。反則となり、警告を受ける。
ファイティング・ポーズ
ボクシングの基本スタイル。構えた時点で威力のあるパンチが打てるかどうか決まるほど重要。アゴ・脇・ヒザの3点は注意して意識しないと、アゴは上がり、脇は開き、ヒザは伸びてしまう。
アウトボクサー
相手から離れた位置から試合を行う選手のこと。戦型のひとつで単にボクサーとも呼ぶ。
インファイター
近距離での試合を行う選手のこと。戦型のひとつで単にファイターとも呼ぶ。
ボクサーファイター
ボクサーとファイターをこなせる選手のこと。
オーソドックス
左足を前に構える選手。通常は右利きの人。
サウスポー
右足を前に構える左利きの選手。サウスポー選手は数が少ないので普段から慣れていない分、一般に右利きの選手にはやりにくい相手である。逆にサウスポーは日頃から右利きの選手と練習をする機会が多いので有利である。
スイッチ
試合中にオーソドックスからサウスポーへ(またはその逆)構えを変えること。相手の意表を突く戦術である。
アグレッシブ
積極的に戦う姿勢。プロの試合では重要であり、判定にも大きく左右する。
クラウチングスタイル
上体を前に屈めて頭を両グローブで包み込むスタイル。接近戦が得意なボクサーに多い。
リーチ
腕をまっすぐに伸ばした状態で、中指から腕のつけ根までの長さ。長ければ遠距離からでも相手にパンチが届くのでボクサーにとっては有利である。
ボディ
腹の部分。ここを連打されると足が鈍くなりスタミナがなくなる。強烈なボディへのパンチは地獄の苦しみと言われている。
アウターマッスル
外側の筋肉。ボディビルダーなどはここを重点に鍛える。
インナーマッスル
アウターマッスルのさらに内側にある筋肉。体を支えるうえで重要な役割を果たし、新陳代謝を高め、体を引き締める。スポーツ選手にとって特に重要である。
グラスジョー
ガラスのように割れやすいあご(ジョー)という意味。あごの打たれ弱いボクサー。
スパーリング
実戦のように打ち合う練習方法。練習用グローブやヘッドギアを付ける。実際の試合感覚とテクニックを養う練習である。
マスボクシング
実際には打ち合わないスパーリングのこと。相手に対して余裕を持ったパンチや寸止めのパンチを放ち、攻撃や防御の技術確認やタイミングのとり方、距離感などを身体に覚え込ませる練習方法。
年表
明治(1886年)〜
安政元年1月11日(1854年)
ペリー、浦賀に2度目の来航。記念式典で力士とアメリカ水兵のボクサーが素手で戦う。この後、ボクシングは「メリケン」として知られるようになる
明治
19年(1886年)
力士出身の浜田庄吉、米国に渡り日本人初のボクサーとなる
20年6月1日
浜田庄吉が米国から18人のボクサー、レスラーを招き東京で初めてボクシングを興行
29年
ジェームズ北条、斎藤虎之助 横浜市に日本初のボクシングジムを開く
33年5月25日
日本最初のボクシング指導書発行
39年11月3日
18歳の渡辺勇次郎、渡米、米国でボクシングを学び、4回戦王と呼ばれる
42年
嘉納健治、神戸市にジムを開業
大正(1914年)〜
大正
3年10月1日(1914年)
渡辺勇次郎、15年ぶりに帰国
10年12月25日
渡辺勇次郎、目黒に初の本格ジム「日本拳闘倶楽部(日倶)」を創設
11年2月
靖国神社で日倶主催の興行を開催
12年1月
日倶渡辺会長、荻野貞行を日本Sバンタム級王者、横山金太郎を日本フェザー級王者と認定
同年2月18日
渡辺とロシアヘビー級のルイカーとの対抗試合に2万の観衆が集まる
同年9月1日
関東大震災により「日倶」一時閉鎖
13年2日23日
初の「学生アマチュア拳闘試合」開催
同年7月26日
初の「日本王座決定戦」、フェザー級岡本不二、ライト級臼田金太郎がタイトル獲得
14年5月14日
「第1回全国学生拳闘選手権大会」開催
15年7月
東京新橋に「帝国拳闘協会」発足
同年9月
日本最初のボクシング専門誌「拳闘界」創刊
同年11月27日
「第1回全日本アマチュア拳闘選手権大会」開催
昭和(1927年)〜
昭和
2年6月4日(1927)
「第1回日本拳闘選手権大会」開催
3年8月3日
アムステルダム・オリンピックにボクシング初参加
6年2月11日
「全日本プロフェッショナル拳闘協会」結成、プロ界初の統合
9年11月26日
第1回全日本拳闘王者決定戦、フェザー級王者にピストン堀口
10年2月15日
日本初の「東洋選手権大会」開催。「大日本拳闘連盟」結成
11年5月8日(1936)
ハワイ遠征のピストン堀口、東洋フェザー級王座獲得
12年1月26日
47連勝中(日本記録)のピストン堀口、敗れる
15年5月
「東京拳闘連合会」結成
16年5月28日
「世紀の一戦」ピストン堀口のTKO勝ち
同年12月8日
太平洋戦争勃発
19年3月11日
大日本拳闘協会、戦局困難により解散
20年8月15日(1945年)
終戦
同年年12月5日
大阪で戦後初の興行
昭和(1946年)〜
ボクシング年表[昭和]
昭和21年〜
21年6月(1946年)
「日本拳闘株式会社」創立
同年7月6日
「世紀の一戦」が再現、両者引分けに
同年7月8日
「日本拳闘協会」再発足
同年10月11日
「第1回新人王戦」開催
22年8月31日
「第1回全日本王者決定戦」
23年7月14日
「全日本ボクシング連盟」発足
24年1月28日
「白井義男」日本フライ級王座獲得
同年12月2日
現「東日本ボクシング協会」発足、プロ界再統合
同年12月15日
「白井義男」日本バンタム級王者に、2階級制覇
25年10月24日
ピストン堀口、死去
27年4月21日
現「日本ボクシングコミッション(JBC)」発足
同年5月19日
世界フライ級タイトルマッチ「ダド・マリノVS白井義男」白井が日本人初の世界王座獲得
同年10月18日
戦後初の東洋タイトルマッチ「堀口宏」初代東洋バンタム級王者に
28年9月19日
初のテレビ中継は「白井義男VSレオ・エスピノサ戦」
同年12月6日
「金子繁治」戦後日本人初の東洋フェザー級王者に
29年1月7日
JBC、「NBA(現WBA)」に正式加盟
同年11月26日
日本、比、タイ3国による「東洋ボクシング連盟(OBF)」発足
同年12月21日
日本テレビ「ダイナミック・グローブ」放映開始
30年1月31日
東西新人王による「第1回全日本新人王戦」開催
同年2月16日
日本ライト級王者「秋山政司」タイトル19度防衛の日本記録
同年6月10日
TBSテレビ「チャンピオン・スカウト」放映開始
同年8月25日
「沢田二郎」17歳で史上最年少の東洋ライト級王者
昭和(1956年)〜
昭和31年〜
31年6月28日(1956年)
日本ボクシングの父「渡辺勇次郎」死去
同年10月27日
JBCによるボクサーテスト制度開始
33年6月8日
後楽園ホールの前身「後楽園ジムナジアム」開場
34年1月16日
「矢尾板貞雄」ノンタイトルで世界フライ級王者を破る
同年3月2日
フジテレビ「ダイヤモンド・グローブ」放映開始
同年10月18日
NETテレビ「サンデー・ボクシング」放映開始
36年4月27日
「野口恭」日本フライ級王座獲得、父進とともに初の親子王者
37年1月15日
「後楽園ホール」開場
同年4月14日
「全日本ボクシング協会」再発足
同年10月10日
「ファイティング原田」世界フライ級王座獲得
38年9月18日
「海老原博幸」世界フライ級王座獲得
39年3月25日(1964年)
東洋タイトルを日本が8階級で獲得
同年7月6日
日本でも「ジュニア制度」実施
同年10月23日
東京オリンピック、バンタム級で「桜井孝雄」金メダル獲得
40年5月18日
「ファイティング原田」世界バンタム級王座獲得、日本初の世界2階級制覇
昭和(1966年)〜
昭和41年〜
42年4月30日(1967年)
「藤猛」世界Sライト級王座獲得
同年6月15日
「沼田義明」世界Sフェザー級王座獲得
同年12月14日
「小林弘VS沼田義明」日本人同士初の世界タイトル、小林が世界Sフェザー級王座獲得
43年9月27日
「西城正三」世界フェザー級王座獲得、海外で初のタイトル獲得
44年3月30日
「海老原博幸」世界フライ級王座決定戦で再度王座獲得
45年1月25日
「海老原博幸」引退
同年1月27日
「ファイティング原田」引退
同年4月5日
「沼田義明」WBC世界Sフェザー級王座獲得
同年10月22日
「大場政夫」WBA世界フライ級王座獲得
同年12月11日
「柴田国明」WBC世界フェザー級王座獲得
46年10月31日
「輪島功一」世界Sウェルター級王座獲得「カエル飛び」が流行語に
47年4月1日
「モハメド・アリ」来日
48年1月25日
「大場政夫」首都高で事故死
同年3月12日
「柴田国明」WBA世界Sフェザー級王座獲得、2階級制覇
同年9月1日
「ジョージ・フォアマン」来日、日本初の世界ヘビー級タイトルマッチ開催
49年2月28日
「柴田国明」WBC世界Jライト級で3度目の世界王座獲得
同年4月11日
「ガッツ石松」WBC世界ライト級王座獲得
同年10月18日
「花形進」WBA世界フライ級王座獲得
50年1月21日
炎の男「輪島功一」世界Sウェルター級王者を奪還
昭和(1976年)〜
昭和51年〜
51年2月17日(1976年)
「輪島功一」WBA世界Sウェルター級王座を再び奪還
同年10月9日
「ロイヤル小林」WBC世界Sバンタム級王座獲得
同年10月10日
「具志堅用高」WBA世界Lフライ級王座獲得
52年12月3日
「第1回チャンピオン・カーニバル」開催
53年8月9日
「工藤政志」WBA世界Sウェルター級王座獲得
55年1月3日
「中島成雄」WBC世界Lフライ級王座獲得
同年5月18日
「大熊正二」WBC世界フライ級王座獲得
同年8月2日
「上原康恒」WBA世界Sフェザー級王座を敵地で獲得
同年10月12日
「具志堅用高」13度目の世界最多防衛記録樹立
56年11月7日
「三原正」WBA世界Sウェルター級王座獲得
同年12月16日
「渡嘉敷勝男」WBA世界Lフライ級王座獲得
57年4月8日
「渡辺二郎」WBA世界Sフライ級王座獲得
同年4月13日
「友利正」WBC世界Lフライ級王座獲得
59年1月18日
「小林光二」WBC世界フライ級王座獲得
同年7月5日
「渡辺二郎」世界Sフライ王者同士の対決でベルト奪取
60年4月4日
日本ライト級王者「浜田剛史」15連続KO達成
同年12月13日
「渡辺二郎」海外で4度目の防衛
61年7月24日
「浜田剛史」WBC世界Sライト級王座獲得
同年3月29日
「六車卓也」WBA世界バンタム級王座獲得
同年10月18日
「井岡弘樹」WBC世界ミニマム級初代王者に
63年3月21日
マイク・タイソン来日、WBA・WBC世界ヘビー級タイトルマッチで強烈なKO勝ち
平成(1989年)〜
平成元年〜
元年2月23日(1989年)
「五代登」日本ライト級王者に、初の日本3階級制覇
2年2月7日
「大橋秀行」WBC世界ミニマム級王座獲得
同年7月29日
「レパード玉熊」WBA世界フライ級王座獲得
3年2月3日
「畑中清詞」WBC世界Sバンタム級王座獲得
同年9月19日
「辰吉丈一郎」プロ8戦目でWBC世界バンタム級王座獲得
同年12月17日
「井岡弘樹」WBA世界Lフライ級王者に、世界2階級制覇
4年4月10日
「鬼塚勝也」WBA世界Sフライ級王座獲得 「平仲明信」海外でWBA世界Sライト級王座獲得
同年6月23日
「ユーリ海老原」WBC世界フライ級王座獲得
同年10月14日
「大橋秀行」WBA世界ミニマム級王座に復帰
5年7月22日
「辰吉丈一郎」WBC世界バンタム級暫定王者に
同年12月23日
「薬師寺保栄」WBC世界バンタム級王座獲得
6年5月4日
「川島郭志」WBC世界Sフライ級王座獲得
同年12月4日
WBC世界バンタム級統一王座決定戦、王者「薬師寺保栄」VS暫定王者「辰吉丈一郎」の世紀の一戦、死闘の末、薬師寺の判定勝ち
7年12月11日
「ルイシト小泉」WBC世界フェザー級王座獲得、世界2階級制覇
同年12月19日
「竹原慎二」WBC世界ミドル級王座獲得
8年5月21日
「山口圭司」WBA世界Lフライ級王座獲得
同年10月5日
「西島洋介山」OPBFクルーザー級王座獲得
9年11月22日
「辰吉丈一郎」WBC世界バンタム級王座を奪還
同年12月23日
「飯田覚士」WBA世界Jバンタム級王座獲得
10年9月5日
「畑山隆則」WBA世界Sフェザー級王座獲得
平成(1999年)〜
平成11年〜
11年7月31日
「戸高秀樹」WBA世界Sフライ級王座獲得
12年6月11日
「畑山隆則」WBA世界ライト級王座獲得、世界2階級制覇
同年8月23日
「徳山昌守」WBC世界Sフライ級王座獲得
同年10月11日
王者「畑山隆則」VS「坂本博之」のWBA世界ライト級タイトルマッチ、大熱戦の末、畑山がKOで初防衛
同年12月6日
「星野敬太郎」WBA世界ミニマム級王座獲得
13年3月11日(2001年)
「セレス小林」WBA世界Sフライ級王座獲得
同年8月25日
「新井田豊」WBA世界ミニマム級王座獲得
14年1月29日
「星野敬太郎」WBA世界ミニマム級王座奪還
同年5月1日
「佐藤修」WBA世界Sバンタム級王座獲得
16年1月10日
「イーグル京和」WBC世界ミニマム級王座獲得
同年6月28日
「川島勝重」WBC世界Sフライ級王座獲得
同年7月4日
「新井田豊」WBA世界ミニマム級王座奪還
17年4月4日
「高山勝成」WBC世界ミニマム級王座獲得
同年4月16日
「長谷川穂積」WBC世界バンタム級王座獲得
同年7月11日
「イーグル京和」WBC世界ミニマム級王座奪還
同年7月19日
「徳山昌守」WBC世界Sフライ級王座奪還
18年1月29日
「越本隆志」WBC世界フェザー級王座獲得
同年8月2日
「亀田興毅」WBA世界Lフライ級王座獲得
同年11月7日
「高山勝成」WBA世界ミニマム級暫定王座獲得
同年11月13日
「イーグル京和」WBC世界ミニマム級3度目の防衛
「長谷川穂積」WBC世界バンタム級3度目の防衛
同年12月2日
「名城信男」WBA世界Sフライ級初防衛
同年12月20日
「亀田興毅」WBA世界Lフライ級初防衛
平成(2007年)〜
平成19年〜
19年1月
18年度年間最優秀賞に長谷川穂積
同年2月15日
東日本ボクシング協会会長選挙 新会長に大橋氏が選任
警察官採用説明会にボクサー集る
同年3月11日
「坂田健史」WBA世界フライ級王者に
同年4月7日
「新井田豊」WBA世界ミニマム級王座V5
同年5月
ボクシングモバイルDOCOMO配信開始
同年5月3日
「長谷川穂積」WBC世界バンタム級4度目の防衛
同年6月4日
「イーグル京和」WBA世界ミニマム級4度目の防衛
同年7月18日
「内藤大助」WBC世界フライ級王者に
同年7月21日
「ホルヘ・リナレス」WBC世界フェザー級王者に
同年8月
ボクシングモバイルau配信開始
同年9月1日
新井田豊、ゲボン下しWBA世界ミニマム級王座V6
同年10月11日
内藤大助が亀田大毅を下し初防衛。この後、大騒動に
同年11月4日
坂田健史、ドローでWBA世界フライ級防衛成功
同年11月20日
JBC、女子プロ化を認める
同年11月29日
イーグル京和、5度目の防衛戦で敗れ現役引退へ
同年11月29日
坂本博之、本望信人の引退式

20年1月10日
長谷川穂積、5度目の防衛
同年1月14日
元世界王者の川嶋勝重、ムニョスに敗れ引退へ
同年1月23日
19年度年間最優秀賞に内藤大助
同年2月29
初の女子プロテスト。20人が合格
同年3月
ボクシングモバイルSOFTBANK配信開始
同年3月1日
新井田豊、V7。世界戦初のKO防衛
同年3月8日
内藤大助、ポンサレックにドローでV2防衛
同年3月29日
坂田健史、山口真吾とドロー。V3防衛
同年5月19日
小堀佑介、WBA世界ライト級王座獲得
同年5月9日
女子初興行、第1回G-Legend
同年6月12日
長谷川穂積、6度目の防衛
同年7月13日
富樫直美、韓国でWBC女子世界Lフライ級暫定王座獲得
同年7月30日
坂田健史、V4防衛
同年7月30日
内藤大助、清水智信に逆転KOでV3防衛
同年8月11日
小関桃、WBC女子世界アトム級王座奪取
同年9月15日
新井田豊、ゴンザレスに破れ王座陥落。引退へ
同年9月15日
32歳の西岡利晃、WBC世界Sバンタム級暫定王座獲得
同年9月15日
名城信男、河野公平を下しWBA世界Sフライ級王座に帰り咲き
同年10月17日
長谷川穂積、7度目の防衛
同年11月29日
ホルヘ・リナレス、WBA世界Sフェザー級王座獲得。2冠王者に
同年12月1日
川崎タツキ、引退へ
同年12月8日
富樫直美、菊地奈々子くだし初防衛。歴史に残る名勝負
同年12月8日
小関桃、初防衛
同年12月23日
内藤大助、山口真吾を下しV4防衛
平成(2009年)
21年1月1日
OPBF本部、豪から東京に移転
同年1月23日
20年度年間最優秀賞に長谷川穂積
同年1月3日
小堀祐介、王座陥落。引退へ
同年1月3日
西岡利晃、TKOで初防衛
同年2月8日
後楽園ホールで日本歴代ベルトが飾られる
同年2月26日
天海ツナミ、WBA世界Sフライ級王座奪取
同年3月12日
粟生隆寛、ラリオスにリベンジ。WBC世界Sフェザー級王座奪取
同年3月12日
長谷川穂積、8度目の防衛。歴代3位
同年4月11日
名城信男、冨山浩之介を下し初防衛
同年4月11日
多田悦子、WBA女子世界ミニマム級王座奪取
同年4月6日
JBCがリング禍防止に安全強化
同年5月2日
小関桃、V2防衛
同年5月2日
富樫直美、V2防衛
同年5月23日
西岡利晃、メキシコでV2防衛
同年5月26日
内藤大助、V5防衛
同年6月27日
ホルヘ・リナレス、WBA世界Sフェザー級初防衛
同年7月14日
粟生隆寛、ロハスに破れ初防衛失敗
同年7月14日
長谷川穂積、9度目の防衛。歴代2位
同年8月23日
多田悦子、初防衛
同年8月30日
石田順裕、WBA世界Sウェルター級暫定王座獲得
同年9月30日
名城信男、カサレス破りV2防衛
同年10月6日
亀田大毅、デンカオセーンに判定負け。世界奪取ならず
同年10月10日
西岡利晃、TKOでV3防衛
同年10月10日
リナレス、衝撃の1回TKO負け
同年11月24日
ボクシングモバイル勝ち予想スタート
同年11月29日
小関桃、V3防衛
同年11月29日
亀田興毅、内藤から王座奪取。2階級制覇
同年12月6日
富樫VS多田はドローで両者防衛
同年12月18日
長谷川穂積、V10防衛。5連続KO
同年12月29日
石田順裕、暫定V1防衛
平成(2010年)
22年1月11日
内山高志、WBA世界Sフェザー級王座奪取
同年1月27日
21年度年間最優秀賞に長谷川穂積
同年2月7日
天海ツナミ、初防衛に成功
同年2月7日
亀田大毅、デンカオセーン破りWBA世界フライ級王者に。興毅とともに日本初の兄弟世界王者
同年3月1日
ボクブロがスタート
同年3月7日
東協会主催の第1回エアボクシング開催
同年3月27日
亀田興毅、ポンサクに破れ王座陥落
同年4月24日
多田悦子、敵地で善戦もドローで王座統一ならず
同年4月30日
西岡利晃、4連続KOでV4
同年4月30日
長谷川穂積、事実上の王座統一戦でモンティエルにまさかのKO負け
同年5月8日
名城信男、カサレスにリベンジされ王座陥落
同年5月17日
天海ツナミ、江畑佳代子を下しV2防衛
同年5月17日
内山高志、KOで初防衛
同年9月20日
内山高志、連続KOでV2
同年9月25日
亀田大毅、坂田健史を下し初防衛
同年10月2日
富樫直美、またも敵地で防衛の快挙
同年10月2日
李冽理が下馬評を覆し、プーンサワットを下しWBA世界Sバンタム級王座奪取
同年10月9日
石田順裕、敵地で暫定王座陥落
同年10月24日
西岡利晃、指名挑戦者破りV5
同年11月27日
粟生隆寛、WBC世界Sフェザー級王者タイベルト破り2階級制覇
同年11月27日
長谷川穂積、WBC世界フェザー級王座獲得。2階級制覇
同年12月5日
多田悦子、V4防衛
同年12月6日
小関桃、秋田屋まさえとドロー防衛
同年12月6日
天海ツナミ、藤本りえをTKOで破りV3
同年12月26日
亀田大毅、V2初防衛。その後王座返上
同年12月26日
亀田興毅、WBA世界バンタム級王座決定戦でムニョスに競り勝ち、日本人初の世界3階級制覇
平成(2011年)
2011.1.26
22年度年間最優秀賞に西岡利晃
2011.1.5
WBCが劇的試合に長谷川穂積VSフェルナンド・モンティエル。
2011.1.13
元WBA世界王者・坂田健史が引退を発表。
2011.1.14
内山高志がWBAアジア最優秀賞を受賞。
2011.1.23
山口直子がWBC女子世界Sフライ王者アナ・マリア・トーレスに破れ世界奪取ならず。
2011.1.25
米2010年最優秀選手にWBCミドル級王者セルヒオ・マルチネス。
2011.1.29
高山勝成、IBF世界ミニマム級王者ヌコシナチ・ジョイに挑むも負傷によりノーコンテスト。
2011.1.31
下田昭文が李冽理からWBA世界Sバンタム級王座を奪取。
2011.1.31
内山高志が三浦隆司を破りWBA世界Sフェザー級王座V3。
2011.2.5
名城信男がWBC世界Sフライ級王者トマス・ロハスに破れ王座奪取ならず。
2011.2.7
後楽園ホールで実写版「あしたのジョー」公開イベント。
2011.2.11
井岡一翔がWBC世界ミニマム級王者オーレドン・シッサマーチャイを破り、辰吉丈一郎と名城信男の8戦目を抜く日本人最速のプロ7戦目世界王座奪取。
2011.2.19
JBCがWBA暫定を認めない方針と発表。
2011.3.5
日本バンタム級王者・山中慎介と岩佐亮佑が無敗対決。山中が激戦を制し10回TKO勝利。
2011.3.8
元東洋太平洋フライ級王者・大久保雅史が後楽園ホールで引退式。
2011.3.11
東日本大震災発生。後楽園ホールは地震により内壁などに亀裂が見つかる。翌日に控えたWBC女子トリプル世界戦、さらに3月中の後楽園ホール興行は全て延期となった。
2011.3.14
ボクシング界が被災者支援に義援金100万円を送ることを決定。その後もボクシング界で募金活動や寄付が行われる。
2011.3.24
長谷川穂積、西岡利晃、粟生隆寛のWBCトリプル世界戦の会場が震災の影響により東京・両国国技館から神戸ワールド記念ホールに変更と発表。
2011.4.2
後楽園ホールでの興行が再開。
2011.4.8
WBCトリプル世界戦開催。長谷川穂積が王座陥落。西岡利晃と粟生隆寛は防衛成功。
2011.4.10
元WBA世界Sウェルター級暫定王者・石田順裕が、ラスベガスで27戦全勝(24KO)の大型ホープ・ジェームス・カークランド(米)を1回1分52秒TKOで破る快挙。
2011.4.17
WBA女子世界ミニマム級正規王者・多田悦子が暫定王者イベス・サモラを破り王座統一。
2011.4.24
日本プロボクシング協会が世界3階級制覇の亀田興毅と日本人世界最速奪取の井岡一翔の特別表彰を決定。
2011.4.26
元日本・東洋太平洋Sバンタム級王者・福島学の引退式が後楽園ホールで行われる。
2011.5.7
WBA世界バンタム級王者・亀田興毅が同級14位ダニエル・ディアスを破り初防衛。
2011.5.8
震災で延期となっていたWBC女子トリプル世界戦が開催。富樫直美、小関桃が揃ってV6。藤岡奈穂子が王座奪取。
2011.5.16
JBCが内紛問題で調査委員会を立ち上げ。
2011.6.6
元WBC女子世界ミニマム級王者・菊地奈々子が後楽園ホールで引退式。
2011.6.26
佐々木基樹がメキシコでWBC世界ライト級王者ウンベルト・ソトに挑むも判定で敗れる。
2011.7.1
粉川拓也がタイでWBC世界フライ級王者ポンサクレック・ウォンジョンカムに挑むも判定で敗れる。
2011.7.9
WBA世界Sバンタム級王者・下田昭文が、米国で同級1位リコ・ラモスに7回KOで破れ王座から陥落。
2011.7.24
山口賢一がメキシコでWBO世界フェザー級王者オルランド・サリドに挑むも11回TKOで敗れる。
2011.8.27
四ヶ所麻美がメキシコでWBC女子世界フライ級王者マリアナ・フアレスに挑むも判定で敗れる。
2011.8.31
日本武道館でダブル世界戦が開催。WBA世界Sフライ級王者ウーゴ・カサレスに挑んだ清水智信は、3度目の世界挑戦で初の世界王座獲得。亀田興毅は判定でV2。
2011.9.18
神奈川県の米軍基地キャンプ座間で初の興行。
2011.9.22
後楽園ホールで女子トリプル世界戦開催。多田悦子がV6、藤岡奈穂子がV1、安藤麻里が決定戦を制し、WBA女子世界Lミニマム級王座を獲得。
2011.10.2
WBC世界Sバンタム級王者・西岡利晃がラスベガスで元2階級制覇王者ラファエル・マルケスを判定で破り7度目の防衛。
2011.10.24
八重樫東がWBA世界ミニマム級王者ポンサワン・ポープラムックを破り王座奪取。
2011.11.4
名城信男がWBC世界Sフライ級王者スリヤン・ソールビサイにタイで挑むも判定負け。
2011.11.6
ダブル世界戦が代々木体育館第2で開催。粟生隆寛がV2、山中慎介が王座決定戦を制しWBC世界バンタム級王座を獲得。
2011.11.6
西岡利晃に特別功労賞。
2011.11.13
WBA世界Sフライ級王者・清水智信が休養王者に。
2011.11.30
女子ダブル世界戦が後楽園ホールで開催。富樫直美、小関桃が揃ってV7。
2011.12.7
亀田興毅・大毅のダブル世界戦が大阪府立体育館で開催。興毅はV3、大毅はWBA世界Sフライ級王者テーパリット・シンワンチャーに判定負け。
2011.12.20
日本プロスポーツ大賞の新人賞に山中慎介が、引退を表明した内藤大助に功労賞が贈られる。
2011.12.23
向井寛史がタイでWBC世界フライ級王者ポンサレック・ウォンジョンカムに挑むも1回負傷ドロー。
2011.12.31
WBC世界ミニマム級王者・井岡一翔のV2戦が大阪府立体育館で開催。井岡は1回TKOで圧勝。同日、横浜文化体育館でもダブル世界戦が開催。WBA世界Sフェザー級王者・内山高志は暫定王者ホルヘ・ソリスを11回TKOで破り王座統一&V4。細野悟はWBA世界フェザー級王者セレスティノ・カバジェロに破れ王座獲得ならず。
平成(2012年)
2012.1.14
元日本王者・木村章司が元世界王者・李冽理を破る金星。
2012.1.20
井岡一翔に関西スポーツ特別賞が贈られる。
2012.2.4
湯場忠志が日本ミドル級王座決定戦でカルロス・リナレスを破り、初の日本4階級制覇。
2012.2.19
ダブル女子世界戦が神戸で開催。多田悦子がV7、安藤麻里がV1で王座防衛。
2012.3.27
佐藤洋太がWBC世界Sフライ級王者スリヤン・ソー・ルンウィサイを判定で破り王座獲得。
2012.3.30
高山勝成が南アで再びIBF世界ミニマム級王者ニコシナチ・ジョイに挑むも判定負け。
2012.4.4
ダブル世界戦が横浜アリーナで開催。亀田興毅はV4、休養王者・清水智信は正規王者テ-パリット・ゴーキャットジムに破れ王座陥落。
2012.4.6
ダブル世界戦が東京国際フォーラムで開催。粟生隆寛はV3、山中慎介は元世界2階級制覇王者ビック・ダルチニャンを破り初防衛。アンダーカードでは長谷川穂積が1年振り> に復帰。
2012.4.16
"ボクシングの聖地"後楽園ホールで50周年記念興行を開催。
2012.5.1
石田順裕がロシアでWBO世界ミドル級王者デミトリー・ピログに挑むも判定負け。
2012.5.5
木村章司がシンガポールでWBA世界フェザー級スーパー王者クリス・ジョンに挑むも判定で敗れる。
2012.5.12
淵上誠がウクライナでWBA世界ミドル級王者ジェナディ・ゴロフキンに挑むも3回TKOで敗れる。
2012.5.18
土屋修平のデビューから12連続KO勝ちの記録が止まる。
2012.5.19
ボクシング界の有志がスタンレー伊藤さんをハワイから招き感謝会を催す。
2012.5.19
後楽園ホールでボクシングの日イベントが開催。現役・元世界王者が多数集結。
2012.6.1
JBCサポーターズクラブ発足。
2012.6.20
初の日本人同士による世界王座統一戦「WBC王者・井岡一翔vsWBA王者・八重樫東」が大阪ボディ・メーカーコロシアムで開催。井岡が判定でミニマム級王座を統一。
2012.6.23
WBC女子世界Lフライ級王者・富樫直美がメキシコでの8度目の防衛に失敗。同年引退へ。
2012.7.8
WBA世界Sフライ級王者・佐藤洋太が指名挑戦者シルベスター・ロペスを判定で下し、初防衛に成功。
2012.7.8
WBC世界Sバンタム級名誉王者・西岡利晃が米国に渡り、WBO・IBF同級王者ノニト・ドネアに対戦を直訴。
2012.7.9
山口直子がWBA女子世界Sフライ級王者・天海ツナミを判定で破り王座奪取。ツナミの防衛は4でストップ。
2012.7.10
アマチュア7冠王の井上尚弥が異例の公開テストでB級に合格。
2012.7.16
W世界戦が埼玉・ウィングハット春日部で開催。五十嵐俊幸がWBC世界フライ級王者ソニー・ボーイ・ハロを判定で破り王座奪取。WBA世界Sフェザー級王者・内山高志は3R負> 傷ドローで5度目の防衛も連勝記録が18で世界戦連続KO記録が5でストップ。
2012.8.11
ロンドン五輪、清水聡がバンタム級で銅メダル、村田はミドル級48年ぶりの金メダルを獲得。
2012.8.15
西岡利晃とノニト・ドネアの王座統一戦が、10/13に米国カリフォルニア州で開催と決定。
2012.9.1
名城信男、WBA世界Sフライ級王者テーパリット・コーキャットジムから王座奪還ならず。
2012.9.16
宮尾綾香が王者・安藤麻里からWBA女子世界Lミニマム級王者を奪取。
2012.9.16
WBA女子世界ミニマム級王者・多田悦子が挑戦者・柴田直子を破り8度目の防衛に成功。
2012.10.14
世紀の決戦は、西岡利晃がノニト・ドネアに9回TKOで敗れる。
2012.10.28
藤岡菜穂子が宮城県での凱旋V2防衛に成功。
2012.11.3
仙台市で開催された復興マッチで、山中慎介と五十嵐俊幸が揃って防衛に成功。
2012.11.6
井上尚弥が初のデビュー戦で月間MVPを獲得。
2012.11.12
つのだのりこが男女あわせ最年長記録となる42歳で東洋太平洋女子王座を獲得。
2012.11.13
西岡利晃が引退を発表
2012.11.30
日本初となる同時5大世界戦を発表。大晦日に大阪と東京で開催。
2012.12.4
亀田興毅が暫定王者ウーゴ・ルイスを判定で破り、WBA世界バンタム級王座を統一。
2012.12.17
WBC世界アトム級王者・小関桃が花形冴美を下し、国内女子最多となるV9に成功。
2012.12.26
日本プロスポーツ大賞 功労賞に西岡利晃が、新鋭賞に金子大樹が選ばれる。
2012.12.31
5大世界戦開催。大阪では井岡一翔が2階級制覇、宮崎亮がWBA世界ミニマム級王座を獲得。東京では河野公平が3度目の挑戦でWBA世界Sフライ級王座を奪取、佐藤洋太が赤穂亮に判定で勝利しV2、内山高志が暫定王者ブライアン・バスケスをTKOに下しV6、2度目の王座統一に成功。
平成(2013年1月〜)
2013.1.5
前WBA世界ミニマム級王者・八重樫東が復帰しKO勝利。"怪物"井上尚弥のプロ2戦目はタイ国王者を初回KO。
2013.1.10
日本Lフライ級王者・黒田雅之が世界初挑戦を発表。日本王座を返上。
2013.1.28
JBC未公認のWBOアジアパシフィックフェザー級暫定タイトルマッチに出場した前東洋太平洋フェザー級王者・大沢宏晋(大星)が、1年間のライセンス停止。
2013.2.27
世界初挑戦の黒田雅之(川崎新田)がWBA世界フライ級王者ファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)に挑むも判定負け。
2013.2.15
元WBA世界Sウェルター級暫定王者の石田順裕が、JBCより認可されグリーンツダジム所属で日本復帰。
2013.3.3
後楽園ホールでトリプル女子世界戦が開催。WBC女子世界アトム級王者の小関桃(青木)は、WBC同級15位マリア・ヒメネス(メキシコ)を完封しV10、WBA女子世界ミニマム級王者の多田悦子(フュチュール)は、WBA世同級12位の黒木優子(YOKO)の挑戦を退けV9、WBC女子世界Lフライ級王座決定戦は、WBC同級3位イベス・サモラ(メキシコ)がWBC同級6位の柴田直子(ワールドS)に競り勝ち王座を獲得。
2013.3.10
王座初挑戦の和氣慎吾(古口)が戦前の予想を覆し、東洋太平洋Sバンタム級王者の小國以載(VADY)を判定で破る金星。
2013.3.31
WBA暫定&WBCの元王者の高山勝成が、メキシコでIBF世界ミニマム級王者マリオ・ロドリゲス(メキシコ)を判定で破り王座を奪取。
2013.4.1
JBCが世界認定団体のWBO、IBFを承認し、主要世界4団体すべてに加盟。
2013.4.6
中国のマカオで行われたWBOインターナショナルSバンタム級タイトルマッチで、石本康隆(帝拳)が、元世界王者でWBO同級1位ウィルフレド・バスケス・ジュニア(プエルトリコ)を判定で破る。
2013.4.7
WBA世界バンタム級王者の亀田興毅(亀田)がパノムルンレック・カイヤンハーダオジム(タイ)を下し、6度目の防衛に成功。興毅は僅差判定勝利にリング上で土下座。
2013.4.8
両国国技館でトリプル世界戦が開催。WBC世界バンタム級王者の山中慎介(帝拳)は、WBC同級1位のマルコム・ツニャカオ(真正)を最終12Rに沈めV3。WBC世界フライ級王者の五十嵐俊幸(帝拳)は、前WBA世界ミニマム級王者の八重樫東(大橋)に判定で敗れ王座陥落。WBC世界Sフェザー級王者のガマリエル・ディアス(メキシコ)に挑んだWBC同級13位の三浦隆司(帝拳)は、9RTKOで勝利し悲願の世界奪取。
2013.4.10
WBA女子世界Sフライ級王者の山口直子(白井・具志堅S)が、ロレダナ・ピアッツァ(イタリア)を7RTKOで沈めV2防衛。
2013.4.12
昨年8月のロンドン五輪ミドル級金メダリスト、村田諒太がプロに転向することを正式に表明。
2013.4.14
インドネシア国ジャカルタでWBA世界フェザー級スーパー王者で17度防衛中のクリス・ジョン(インドネシア)にWBA同級6位の細野悟(大橋)が挑戦。流れを掴み攻勢に出た細野だったが、偶然のバッティングによるジョンの負傷で3Rドロー。
2013.4.16
プロ3戦目の日本Lフライ級5位「怪物」井上尚弥(大橋)が、日本同級1位の佐野友樹(松田)を10RTKOで破る。
2013.4.17
村田諒太(三迫)がA級プロテストに合格。
2013.5.3
タイ国シーサケット県で3度目の防衛戦に臨んだWBC世界Sフライ級王者の佐藤洋太(協栄)は、シーサケット・ソールンビンサイ(タイ)にまさかの8RTKOで破れ王座陥落。佐藤はその後引退を表明。
2013.5.6
大田区総合体育館でダブル世界戦が開催。WBA世界Sフェザー級王者の内山高志(ワタナベ)は、WBA同級9位ハイデル・パーラ(ベネズエラ)を5Rで沈めV7。初防衛戦に臨んだWBA世界Sフライ級王者の河野公平(ワタナベ)は、WBA同級1位リボリオ・ソリス(ベネズエラ)に僅差判定で敗れる。
2013.5.8
大阪ボディメーカーコロシアムでダブル世界戦が開催。WBA世界Lフライ級王者の井岡一翔(井岡)は、WBA同級2位ヴィサヌ・ゴーキャットジム(タイ)を9RKOで初防衛に成功。WBA世界ミニマム級王者の宮崎亮(井岡)は、WBA世同級7位カルロス・ベラルデ(メキシコ)を5RTKOでV1防衛。
2013.5.19
和歌山で真道ゴー(クラトキ)が2度目の世界挑戦。WBC女子世界フライ級王者レナタ・セベレディ(ハンガリー)を判定で破り王座獲得。
2013.6.18
水谷智佳(宮田)がアルゼンチンでWBC女子世界ライト級王者エリカ・アナベル・ファリナスに挑むも判定負け。
2013.6.24
WBA女子世界Lミニマム級王座戦、王者の宮尾綾香(大橋)は前王者の安藤麻里(フュチュール)を判定で退け、V2防衛。
2013.6.29
OPBF女子バンタム級王者の三好喜美佳(川崎新田)が、メキシコでIBF女子世界同級王者ヤズミン・リバス(メキシコ)に挑むも判定負け。
平成(2013年7月〜)
2013.7.12
JBCがIBFミニマム王者の高山勝成(仲里)にプロボクサーライセンスを再発行。高山は3年ぶりの日本復帰。
2013.7.13
ドイツ・ドレスデンでWBO世界Sミドル級王者ロバート・スティーグリッツ(独)に挑んだWBO同級12位の清田祐三(フラッシュ赤羽)は10RTKO負け。
2013.7.22
WBA女子世界Sフライ級正規王者の山口直子(白井・具志堅S)は暫定王者ダニエラ・ベルムデス(アルゼンチン)の王座統一戦が直前で流れる。さらに対戦相手がチュタポーン・プラディッサン(タイ)に変るも今度はWBAの承認が降りず、防衛戦がノンタイトル戦に変更。
2013.7.23
東京ビッグサイトでダブル世界戦が開催。WBA世界バンタム級王者の亀田興毅(亀田)は、WBA同級3位ジョン・マーク・アポリナリオ(比)に判定勝ちしV7。9度防衛中のWBA女子世界ミニマム級王者、多田悦子(フュチュール)は、WBA同級1位アナベル・オルティス(メキシコ)に判定負けし王座陥落。
2013.7.25
日本ヘビー級1位の藤本京太郎(角海老宝石)が同級2位オケロ・ピーター(緑)を王座決定戦で下し、56年ぶりの日本ヘビー級王者に。
2013.7.28
アメリカ・テキサス州のWBC世界ライト級暫定王座決定戦にWBC同級1位の荒川仁人(八王子中屋)が出場。2R、8Rにダウンを奪われた荒川はあきらめずに攻めの姿勢を見せたが、WBC同級3位オマール・フィゲロア(米)のパワーが勝り王座獲得ならず。しかし、荒川のファイトに現地メディアは賞賛の嵐となった。
2013.8.1
江藤光喜(白井・具志堅S)がタイ・バンコクでWBA世界フライ級暫定戦に出場。最終12Rにダウンを奪い、王者コンパヤック・ポープラムックに判定勝ちと大金星を上げる。暫定とはいえ、日本男子選手のタイでの世界王座奪取は初めて。
2013.8.1
比国セブ市で行われたWBO世界バンタム級タイトル戦で、WBO同級5位の亀田和毅(亀田)が王者パウルス・アンブンダ(ナミビア)を破り、加盟後初となるWBO王座を獲得。
2013.8.4
元WBA世界Sウェルター暫定王者の石田順裕(グリーンツダ)が3年8ヶ月ぶりに日本のリングに復帰。インドネシア選手を2RKOで仕留め、健在をアピール。
2013.8.12
東京・大田区でダブル世界戦が開催。WBC世界バンタム級王者の山中慎介(帝拳)は、WBC同級7位ホセ・ニエベス(プエルトリコ)を初回KOで快勝しV4。WBC世界フライ級王者の八重樫東(大橋)は、WBC同級11位オスカル・ブランケット(メキシコ)を判定で下し、初防衛に成功。
2013.8.12
湯場忠志(都城レオS)が、日本Sウェルター級王座決定戦で同級2位の切間庸裕(折尾S)を初回KOで下し、日本史上初となる国内王座5階級制覇を達成。
2013.8.15
韓国ソウル市でWBA女子世界Sフェザー級暫定王座決定戦に出場したOPBF女子ライト級王者の風神ライカ(T&H)は、WBA・Sフェザー級1位のチェ・ヒョンミ(韓国)に判定負け。
2013.8.17
メキシコ・カンクンで初防衛戦に臨んだWBC世界Sフェザー級王者の三浦隆司(帝拳)は、壮絶な打ち合いの末、指名挑戦者のセルヒオ・トンプソン(メキシコ)を判定で下す。
2013.8.18
韓国ソウル市でWBO女子世界ミニフライ級タイトル戦に挑んだ元WBA同級王者の安藤麻里(フュチュール)は、王者ホン・ソヨン(韓国)に判定で敗れ、王座返り咲きならず。
2013.8.25
「怪物」井上尚弥(大橋)が、神奈川県座間市で日本Lフライ級王座に挑戦。王者の田口良一(ワタナベ)を判定で破り、プロ4戦目で日本王者に輝く。
2013.8.25
ロンドン五輪金メダリストの村田諒太(三迫)が、東京・有明コロシアムでプロデビュー。ノンタイトル戦ながら圧巻の2RTKOでOPBFミドル級王者の柴田明雄(ワタナベ)を下す。
2013.8.25
久高寛之(仲里)が、アルゼンチンでWBO世界Sフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)に挑戦するも10RTKOで敗れ、4度目の世界挑戦に失敗。
2013.8.31
メキシコシティで角谷淳志(金沢)がWBC世界Lフライ級王者アドリアン・エルナンデス(メキシコ)に挑むも、4RTKO負けで世界奪取ならず。
2013.9.3
タイでWBA世界Sフライ級暫定王座決定戦に出場した元世界王者の名城信男(六島)は、WBA同級4位デンカオセーン・クランティンデーンジム(タイ)に僅差判定で敗れる。
2013.9.3
元世界王者の亀田大毅(亀田)が香川県でIBF世界Sフライ級王座決定戦に出場。判定でIBF同級4位ロドリゴ・ゲレーロ(メキシコ)を破り2階級制覇。同時に史上初の3兄弟同時世界王者が誕生。なお、この試合の当日計量はJBCに連絡がないまま、IBF立会いのもと時間を早めて行われ、JBCとIBFとの間に禍根を残した。
2013.9.5
村田諒太(三迫)が、日本とOPBFでミドル級1位にランクされる。
2013.9.5
元WBC世界名誉王者の西岡利晃氏が兵庫県西宮市に西岡ジムを開設。
2013.9.11
ボディメーカーコロシアムで井岡ジムのWBA世界Lフライ級王者の井岡一翔とWBA世界ミニマム級王者の宮崎亮のダブル世界戦が行われ、揃って2度目の防衛に成功した。
2013.9.23
中京の怪物、岐阜県中京高校ボクシング部3年で高校4冠の田中恒成(18=畑中)がB級プロテストに合格。
2013.10.4
世界チャンピオンによるファンミーティングが都内のホテルで開催され、元現役世界王者39人を含めファン、関係者、報道陣合わせて400人以上が集まる。
2013.10.21
井上尚弥(大橋)の弟で、高校2冠の井上拓真(17)がB級プロテストに合格。
2013.11.10
WBC世界バンタム級王者の山中慎介(帝拳)が両国国技館で防衛戦を行い、同級8位のアルベルト・ゲバラ(メキシコ)を9RTKOで下し、5度目の防衛戦に成功。
2013.11.10
名古屋国際会議場で現役高校生の田中恒成(畑中)が6回戦でプロデビュー。インドネシアの世界ランカーを判定で破る。
2013.11.13
後楽園ホールでWBA女子世界Sフライ級タイトルマッチが行われ、元WBC世界ミニフライ級王者の藤岡奈穂子(T&H)が王者の山口直子(白井・具志堅)を判定で破り2階級を制覇。
2013.11.14
女子世界ダブル世界戦が後楽園ホールで開催。WBC女子世界アトム級王者の小関桃(青木)は判定でV12に成功、柴田直子(ワールドS)は3度目の世界挑戦でIBF女子世界Lフライ>級王座決定に臨み、悲願の世界王座を獲得。
2013.11.15
タイで向井寛史(六島)がWBC世界Sフライ級王者のシーサケット・ソールンビサイ(タイ)に挑むも9RTKOで敗れる。
2013.11.19
WBA世界バンタム級王者の亀田興毅(亀田)の防衛戦が韓国済州島で行われ、韓国人挑戦者の判定で退けV8に成功。この防衛を最後に亀田は同王座を返上。
2013.11.20
前WBC世界Sフライ級王者、佐藤洋太(協栄)の引退式が後楽園ホールで行われる。
2013.11.28
日本ランキングが15位まで伸びる。B級デビュー戦で世界ランカーを破った高校アマ4冠の田中恒成(畑中)がライトフライ級10位にランクイン。
2013.11.28
後楽園ホールでダブル女子世界戦が行われ、WBA女子世界Lミニマム級王者の宮尾綾香(大橋)が指名挑戦者を退けV3に成功。IBF女子世界ミニフライ級王座決定戦に出場した江畑佳代子(ワタナベ)は判定負けで王座獲得ならず。
2013.11.29
WBA世界フライ級暫定王座戦がタイで行われ、王者の江藤光喜(白井・具志堅)が12位のヨドモンコン・ボー・サエンテップ(タイ)に12RTKOで敗れる。
2013.12.3
亀田兄弟+高山勝成(仲里)のトリプル世界戦がボディメーカーコロシアムで開催。IBF世界ミニマム級王者の高山とWBO世界バンタム級王者の亀田和毅(亀田)は初防衛に成功するも、WBA・IBF世界Sフライ級王座統一戦に臨んだIBF王者の亀田大毅(亀田)は、計量失格のWBA王者リボリオ・ソリス(ベネズエラ)に判定負け。しかし、試合後に敗れた大毅の王座が剥奪されず、IBFルールミーティングでの不確認が指摘され問題となる。
2013.12.6
両国国技館でWBC世界フライ級王座戦が行われ、王者の八重樫東(大橋)が1位のエドガル・ソーサ(メキシコ)を判定で下しV2。アンダーカードでは村田諒太(三迫)がプロ2戦目 で米国人選手を破り2勝目、OPBF・Lフライ級王座決定戦に出場した井上尚弥(大橋)は、2位のヘルソン・マンシオ(比)を5RTKOで破り同王座を獲得。弟の拓真(大橋)もデビュー戦を判定勝利で飾る。
2013.12.11
WBC世界バンタム級王者、山中慎介(帝拳)が報知プロスポーツ大賞を2年連続で受賞。
2013.12.14
アゼリア大正でWBC女子世界ミニフライ級王座決定戦が行われ、安藤麻里(フュチュール)が王座を獲得。安藤は今年3度目の世界挑戦だった。
2013.12.22
全日本新人王決定戦が後楽園ホールで開催され、今回は西軍9勝(不戦勝1試合を含む)東軍3勝の西高東低となった。
2013.12.27
内閣総理大臣杯、日本プロスポーツ大賞でWBC世界バンタム級王者の山中慎介(帝拳)が殊勲賞を受賞。
2013.12.31
ボディメーカーコロシアムでWBA世界Lフライ級王者、井岡一翔(井岡)の防衛戦が行われ、判定勝ちで3度目の防衛に成功。
2013.12.31
Sフェザー級のダブル世界戦が大田区総合体育館で開催され、WBC王者の三浦隆司(帝拳)が2位のダンテ・ハルドン(メキシコ)を9RTKOで破り2度目の防衛に成功。WBA王者の内山高志(ワタナベ)は前日本王者の金子大樹(横浜光)との日本人対決に臨み、ダウンを喫するも判定で金子を退け、8度目の防衛に成功した。
豆知識
ボクシングはいつ頃誕生した?
 2つの拳で殴りあう姿は人類誕生と同時期にあったと言われている。
 紀元前4000年頃のベニハサン遺跡、エジプト象形文字にはボクシングを軍隊で使用していたと記されている。また、紀元前3000年頃のクレタ島エーゲ文明の遺跡からは、ボクシングの絵が描かれた壷が発見された。
 紀元前1262年、ギリシャの詩人ホメロスが書いた英雄叙事詩「イリアス」には、トロイ戦争で戦死した戦士の為に英雄アキレスがボクシング試合を行い、トロイの木馬を建造したエピウスが勝者となったと書かれている。
 紀元前688年のギリシャ古代オリンピックではボクシングが正式種目として採用され、オノマストスが最初の月桂冠を授かった。この競技では、全裸に油を塗り、拳に凶器のようなグラブを付け、腕や肘を使った 攻撃も認められた。この競技はオリンピックの中止まで295年続き、ローマ帝国に受け継がれる。大観衆の中、巨大なコロシアムの中央で鉄の鋲「セスタス」と呼ばれるものをはめ、主に奴隷同士が戦った。ショー的要素が強いこの競技は、敗者はまず間違いなく再起不能か死亡したと伝えられている。あまりに残酷な競技であったため、「セスタス」が禁止となり、ショーも急速にすたれていく。436年、西ローマ帝国の滅亡とともに古代ボクシングは、歴史から姿を消した。
リングの誕生
 中世ヨーロッパのイタリア、イギリスなどで、娯楽や護身術として細々と行われていたボクシングは、18世紀のイギリスで復活した。
 イギリスのジェームス・フィグは1719年に棒術・拳闘などの護身術を教えるボクシングアカデミーを開設した。フィグは広場に観衆を集め、拳闘試合を披露し、無敵の強さを誇る。最前列の客はロープをつかみ、大きな輪を作った。これが最初の「リング」誕生である。その後、木の柵にロープを張り、四角形リングの原型が出来上がった。
 ちなみに1723年には国王ジョージ1世がロンドン市内の公園にリングの常設を認め、フィグは初代英国王者となった。
昔のボクサーは丸坊主だった?
 イギリスで復活した近代ボクシングであったが、当時のルール無し、ベアナックル(素手)によるボクシングでは怪我人や死亡者が相次いでいた。このため当時のボクサーは、髪の毛を掴まれぬように頭を丸めるのが主流であった。また、護身術としてボクシングを学ぶ貴族達が増え、邸内のサロンで今でいうマスボクシング(実際には打ち合わないスパーリング)を楽しんでいた。ちなみに今日のアマチュアボクシングがシャツを着て試合を行うのは、当時の貴族達が服を着たままボクシングを行っていたからである。
世界最初のボクシングルール
 イギリスで第3代英国王者となったジャック・ブロートンは、1743年に世界初のボクシングルール「ブロートン・ルール」を制定した。このルールは、倒れた者への攻撃の禁止、ダウン後のファイトの再開方法や、ジャッジの方法などが盛り込まれ、以後100年間このルールが適用される。その後、ボクシングルールは、1838年の「ロンドン・プライズリング・ルール」を経て、ルール保証人第8世クィーンズベリー侯爵の名を冠した「クィーンズベリー・ルール(1867年)」へと発展していく。投げ技の禁止、3分1ラウンドのラウンド制、グローブの着用義務、ダウン時の10カウント制、1分間のインターバル導入など12条からなる「クィーンズベリー・ルール」は、現代ボクシングの基礎となった。
ボクシングは野蛮?
 イギリスで発達し、ヨーロッパ中に広まったボクシングであったが、ルール定着の遅れやベアナックル(素手)による試合であった為、怪我人や死亡者が続出。次第に野蛮で残酷なスポーツのイメージが広がってしまっ た。
 そして1856年のフランスで八百長疑惑が発覚したことにより、ついにボクシング興行が全面禁止されてしまった。残された選手たちは次第に活動の場を新天地アメリカへと求めていく。アメリカではアイルランド移民やその息子たちがボクシングを広め、試合も盛んに行われていたのだ。
最初の世界チャンピオンはだれ?
 1882年、初のベアナックル(素手)世界王者が誕生した。連戦連勝のジョン・ローレンス・サリバンがイギリスから渡米した米国ヘビー級王者パディ・ライアンと対戦し、9回KO勝ちを治め、自らベアナックル初代世界ヘビー級チャンピオンを宣言した。サリバンはその後もイギリス、アメリカの豪腕達を打ち破り無敵の強さを誇った。ベアナックル時代最後の最強の王者であった。
 ちなみに現代ルールの基となった「クィーンズベリー・ルール」下で、グローブ着用の最初のヘビー級世界チャンピオンはジェームス・コーベット。1892年、ベアナックル世界王者のジョン・ローレンス・サリバンを破り初のヘビー級世界チャンピオンとなった。
ボクシングの階級はなぜポンド?
 答えは近代ボクシング発祥の地、イギリスの計量単位がキログラムではなく、ポンド表示だから。そのため、キログラム表示だと非常に半端な数字になってしまう。ただし、アマチュアの階級はきっちりとキログラム単 位で分けられている。
17階級以外にも階級がある?
 45Kg以下のモスキート級(蚊を意味する)と呼ばれる超軽量級がある。もっともこれはアマチュア・ジュニアの話し。プロボクシングで言うミニマム級にあたるのだろう。さらに女子アマチュアには、ピン級と呼ばれる46Kg以下級が存在する。
ボクシングの聖地「後楽園ホール」
 後楽園ホールの歴史は、1958年、旧講道館を改装した後楽園ジムナジアム(後楽園ホールの前身)から始まる。東洋ボクシングの檜舞台として、全国のボクサーの憧れであった。その後、1962年、後楽園ホールは現在 の東京ドーム横、青いビル5階に開場した。開場から現在まで、後楽園ホールで行われたボクシング興行数は、1500以上(2006年現在)。年間興行にいたっては120以上、3日に1度は興行がある計算で、これは 世界一の数。さらにアマチュアボクシングやプロテスト、4回戦をはじめ、日本・東洋・世界のタイトルマッチまでも後楽園ホールで行っている。様々な戦いや記録を残してきたからこそ、「ボクシングの聖地」と呼ばれるのだ。
最初のチャンピオンベルト
 19世紀、ボクシング発祥の地、イギリスで初の選手権が行われた。この選手権で初代王者となったジェム・ウォードが、1831年にタイトルを防衛した際、初めてのチャンピオン・ベルトが贈られた。
ボクシング最長試合記録
 ボクシング史に残る最長試合は、1893年にアメリカ・ニューオリンズで行われた7時間19分と今ではとても考えられない試合である。この試合のラウンド数はなんと110ラウンド(当時はラウンド数の制限がなかった )。結果は両選手の試合続行拒否による引き分けだったらしい。
最初の階級制
 1891年にイギリスで設立されたナショナル・スポーツ・クラブ(NSC)が階級制を規定した(当時はXX$F2^Oノ体重の取り決めはあったが、実にいい加減なもので、両者の合意があれば無視できた)。また、NSCは現行ルールの基礎になった「クィーンズベリー・ルール」の定着にも貢献するなど、近代ボクシングに与えた影響は大きい。

NSCが規定した階級制
フライ級 112Pまで
バンタム級 118Pまで
フェザー級 126Pまで
ライト級 135Pまで
ウェルター級 147Pまで
ミドル級 160Pまで
クルーザー級 175Pまで
ヘビー級 175P超
最初の日米戦は日本の勝ち?
 安政元年(1854年)1月、黒船ペリー艦隊が日米和親条約締結のため、再び浦賀に来航した。この時、歓迎式典に出席した相撲力士たちをアメリカ水兵たちが挑発したのが発端だった。日本側は仕方なく条約締結の記念として、危険な行為を避けることを条件に試合が行われることになった。アメリカ側の相手はボクサー上がりの水兵で、一方日本側は、小手調べとして番付けの一番低い白真弓(怪力力士として有名だった)が選ばれた。ベアナックル(素手)全盛の時代である。結果は、序盤様子を見ていた白真弓が張り手一発のKOで勝利。怒ったアメリカ側は、1人対3人の試合でリベンジを試みた。が、今度は受けて立った大関に返り討ちにあい、敗れた3人は観衆から非難を受けた。こうして初の日米戦は日本の勝利で幕を閉じた。その後、明治に入ると力士の中からは渡米してプロレスラーやボクサーに転向し、活躍した者もいたらしい。
増える王座
正規王者
本来の王者。かつては正規王座という名称は無かったが、暫定王座の設立により正規王座と表記されるようになった。

暫定王者
本来、王者が怪我などの理由で試合が空く時に取られる制裁措置で、上位ランカー同士で王座決定戦を行い、その勝者を暫定王者とする。正規同様にチャンピオンベルトが贈られ、防衛戦を行うこともできる。よって暫定王者に勝った選手も暫定王者となる。正規王者は指定期間内に暫定王者との王座統一戦が義務付けられ、試合を行わない場合は王座を剥奪されるが近年、WBA、WBCでは正規王者が正しく防衛しているにも関わらず、暫定王座を設けるなど問題となっている。

WBAスーパー王者
当初、WBAの規定ではWBA以外の3団体のいずれかで王座を獲得した場合、スーパー王座として承認されていたが、スーパー王者に勝った場合もスーパー王者になるなど現在は規定があいまい。また、スーパー王座は正規王座から格上げされ、正規王者とスーパー王者別々の防衛戦も認められる。

WBC名誉王者
実績のある王者が休養し、復帰する時に正規王座挑戦の優先権が与えられる。よって実際には王者ではなく防衛戦は行わない。

休養王者
怪我などの理由により試合期間が空いた実績のある王者に特別に取られる措置。

WBCシルバー王者
WBCでは、元々暫定の新しい名称として考案されたが、現在は一タイトルとして独立してしまった。王者にはバックル部が銀色のシルバーベルトが贈られるが、暫定のように指名挑戦権は与えられていない。

WBCダイヤモンド王者
エリートボクサー専用の王座。通常のWBCベルトに18カラットの金、861個のダイヤモンド、221個のエメラルド、6個のルビー、180個のスワロフスキー・クリスタル・ガラスなどの宝石が埋め込まれ、ベルトを覆う革はフェラーリ社製のものが使われている。
オプションとは?
主にタイトルマッチにおいて、王者側が持つファイトマネー以外の付帯条件。王者側、挑戦者側の両者間で取り決められ、内容はケースバイケースである。このため、一般に知られることはあまりない。
後楽園の歴史
ボクシングの聖地「後楽園ホール」の歴史

 東京ドーム隣の一際目立つ青いビル、このビルの5階に日本ボクシング界の聖地として40年以上、国内外のボクサーやファンに親しまれ続ける後楽園ホールがある。アマチュアボクシングを始め、プロのデビュー戦から世界タイトルマッチまで、長年数えきれない程のドラマを生みだしてきた。今でこそプロレス、キックなど格闘技のリングとしてホールは有名だが、当初はボクシング専用のリングとして開場した。

球場設計時の鳥かん図

 ボクシングと後楽園の関わりは古く、ホールが生まれる以前、なんと戦前から後楽園球場に特設リングを設け試合を開催している。後楽園は戦前、戦後と後楽園球場を中心とした数々のエンターテインメント、娯楽施設を集め開かれた日本最大のアミューズメント空間として生まれた。
 現在、東京ドームの西に広がり、桜の名所、都民の憩いの場として提供されている小石川後楽園。ここはかつて水戸藩の江戸上屋敷内の庭園であった。東京ドームの前身である後楽園球場も古くは水戸藩の地であったが、明治に入ると東京砲兵工廠(陸軍の小銃製造工場)として使用される。昭和に入り日本職業野球連盟(プロ野球)が発足、東京初のプロ野球専用スタジアムとして、1937年(昭和12年)、後楽園球場は完成する。球場の名はこの水戸藩の小石川後楽園にちなみ名付けられた。


小石川砲兵工廠(明治時代)

 球場経営には東宝が参入し、球場内外は野球以外の娯楽施設としても活用されることとなる。グラウンドは広大な野外劇場としてショーやイベントに使用され、この当時からボクシングの興行にも使われた。しかし日本が太平洋戦争に突入すると1944年、プロ野球が中止。球場には高射砲が設置され、スタンド下は兵隊の宿舎となった。グラウンドは掘り返され、野菜畑に姿を変えた。ボクシング協会も同年、戦況悪化により興行中止を決定。ついには協会も解散してしまう。

 1945年8月15日(昭和20年)日本が降伏。後楽園球場はGHQが進駐軍の為の娯楽施設として接収したが、接収が解除されるとすぐにプロ野球が復興、日本に野球ブームが訪れた。ボクシングも翌年の1947年8月29日、後楽園球場の特設リングで第一回日本選手権決定戦が開催されるまでに復活した。
 1952年5月19日には、故白井義男が後楽園球場の特設リングで世界フライ級タイトルマッチを闘う。観客四万人が熱狂する中、チャンピオンのダド・マリノを破り、日本人として初めて世界チャンピオンのベルトを巻いた。白井義男は、戦後の日本人に夢と勇気を与えたのだった。

戦後、ファンで溢れかえる後楽園球場

 後楽園はその後、場外馬券売場、競輪場、室内スケート場、ボウリング場、遊園地、プールと次々にレジャー施設を開設し、1958年に元々この地にあった「旧講堂館」を改>装、後楽園ホールの前身である「後楽園ジムナジアム」を開場する。同時に日本ボクシングを代表するリングとして「ダイナミック・グローブ」「東洋チャンピオン・スカウト」の興行を開催。この試合の模様が毎週テレビ放送され、ボクシングの人気が一気に日本中に高まることとなる。

昭和33年開場当時のジムナジアム


ジムナジアムでの興行

 1962年1月15日(昭和37年)、ボウリング会館(後の青いビル)の5階、座席数1873席、最大収容人数約2000人、ついに現在の後楽園ホールが誕生した。その後、後楽園ホールでは日本ボクシングの聖地として数々の名勝負を生み出していく。三羽烏と謳われたファイティング原田、海老原博幸、青木勝利を始め、根性男の渡辺亮、ハンマーパンチの藤猛、精密機械と呼ばれた沼田義明、シンデレラストーリーの西城正三、悲劇のヒーロー大場政夫、ホール初の世界戦を戦ったJライト級チャンピオン小林弘、炎の男輪島公一(功一)、冠鷲の具志堅用高、渡嘉敷勝男と歴代の王者、そして、その後も多くのチャンピオンがこの後楽園ホールで闘い、羽ばたいていった。その勇姿のいくつかは、今でもホール正面ゲートで見ることができる。しかし、その影にはこのホールで夢破れた無数のボクサー達がいたことも、ホールはしっかりと記憶している。会場への階段、リングへの通路、控え室、ロッカーなど、所々に敗者の悔しさに身を任せた傷跡、ここで闘った者たちの証しがあった。毎回、ホールへ足を運ぶ度に思うことがある。ボクサー達の思いが染み付いたこの痕跡も、後楽園ホールが聖地と呼ばれる由縁ではないのかと…。

現在の後楽園ホール

 東京ドームシティ東ゲート地区に、新後楽園ホールと注目を集めたエンターテインメント空間「MEETS PORT」(ミーツポート)の建設された。収容人数2,754人(ボクシング興行時)を誇る多目的ホールは演劇やコンサート、ミュージカルはもちろん、ボクシングをはじめとするスポーツ格闘技にも使用されている。



「MEETS PORT」の多目的ホール

参考文献/後楽園スタヂアム50年史
写真提供/株式会社東京ドーム


試合日程

試合結果

トーナメント

ランキング

選手検索

TV・ネット欄

王者一覧

タイトル戦

階級別特集

インタビュー

有料試合動画

データマニア

待受写真

全国ジム検索

注目選手

海外試合日程

海外試合結果

海外選手検索

海外注目戦

海外情報

基礎知識

ボクモバ投票

勝ちメシ

レッスン

ボクモバ占い
ボクモバトップページへ戻る