技巧派ホープの再起

「高校生の頂上決戦って感じですよね。だから、世界ユース選手権で勝つのが、高校生活の最終目標です」
　昨年度の選抜とインターハイをフライ級で制した金澤宣明(西ノ宮香風高)は、以前から、そう語ってきた。
「自分は国際大会の映像から、ゾウ・シミンの動きを取り入れて、勝てるようになったんで、世界を舞台に勝つことをずっと意識していました」

　線の細い金澤にとって、中国ボクシング界最大のスター、ゾウ・シミン(北京大会とロンドン大会で五輪2連覇)の戦法は、センセーショナルだった。天才的にポイントを稼ぐ技術も去ることながら、守りかたも画期的。要所要所でハイテンポに攻めたら、あとは反則ギリギリにやり過ごしてしまう。悪く見れば、マナー・レベルの低さを露呈しているようでもあるが、五輪競技は「勝てば官軍」の世界。ゾウは中国ではなく、この競技の英雄として君臨している。

　だが、ゾウを模倣した金澤の評価も、賛否がよく割れるという。実際、反則に厳しかった数年前までの日本であれば、金澤のボクシングは、認められていなかったはずだ。

　住まいは兵庫。スタイルは中国。そして、国籍が韓国だった。
　この国籍が、ユース選手権を含めたAIBA(国際ボクシング協会)の大会出場に、支障を来たしたと聞いたのは、国体の近畿ブロック予選会場でのこと。金澤には韓国代表としての出場しか、認められなかったのである。

　言い訳にしたくないとは言っているが、集中力に欠いた同予選では森坂嵐(奈良朱雀高)にポイント負け(5対7)。そして結局、世界ユース選手権への出場は、小林将也(新潟北)に決まった。
　金澤の表情が少し曇った。
「さすがにちょっと、泣きました」

　日本は世界屈指の急成長を見せている。そう驚く声が、金澤の憧れた選手権では、多くの外国人関係者たちから出ていた。そのとき、金澤は東京・赤羽のナショナルトレーニングセンターへ行き、コーチとしてやってきた川内将嗣(自体校)とのマスを挑んでいた。
「完璧にボコボコにされました。みんなが勝っているのに、何やってるんだろうと思うと余計に悔しかったです」

　今年3月には、アジア・ユース選手権もフィリピンのスービックで開かれる。それにも、間に合わないことを承知で、金澤は国籍の変更手続きを始めた。
　韓国籍をまっとうする父も「日本で生活する以上、そのほうがいい」と賛同したそうだ。

　韓国について、金澤に聞いた。
「おととし、ソウルに行って再確認したんですけど、やっぱり僕は韓国人かなって思いました。自分の中で、完全に生活が日本化していると思っていたんですけど、ずっと普通だと思っていた習慣が、実はうちの家族だけだったり…(笑)。ただ、日本が好きなので、帰化にはためらいがありませんでした」

　予定なら夏ごろに手続きは完了し、本名、ミン・ソンミョン(閔宣明)は、正式に日本国籍の金澤宣明となる。
「正直、ちょっとだけ寂しかったです。でもこれを、ボクシングの再スタートにもするつもりです」