まるで千手観音

　いまやフィリピンのみならず世界的なスーパースターに成長したマニー・パッキャオだが、この6階級制覇者は13年前、東洋太平洋王者時代に後楽園ホールのリングに上がった経験を持っている。
　当時、23戦22勝(13KO)1敗の19歳が対戦した相手は、日本フライ級2位にランクされていた寺尾新(八王子中屋)。
　WBA5位、WBC7位に名を連ねていたパッキャオは1回2分59秒でTKO勝ちを収めている。立て続けに3度のダウンを奪う圧勝だった。
　13年を経たいま、もう一方の主役、寺尾氏がパッキャオについて語る。後編。

PART　2

■パッキャオがこれほどのスーパースターになると思いましたか?
寺尾　あの当時は相手がどうこうというよりも心が折れた自分が情けなくて、嫌気がさして試合の次の日に頭を剃ったほどでした。いま考えれば、オスカー・デラ・ホーヤ(米)でさえ心を折られたほどなんですけど、あの当時は自分が情けなくて…反省ばかりでした。
パッキャオは僕との試合の半年後にフライ級で世界チャンピオンになるんですが、まさかこれほどになるとは思いませんでした。

■パッキャオのパンチ力や攻撃力に関して、実際に戦ってみて特別なものを感じましたか。
寺尾　パッキャオのパンチは左右とも固くて強いんですが、それに加えて連打もどこから飛んでくるか分からないんですよ。角度やタイミングが全然分からないんです。まるで千手観音に打たれてるみたいなんですから(笑)。

■以前、「首がめり込んだかと思った」とも聞いたことがありました。
寺尾　小学生のときに鉄棒から真っ坂さまに頭から落ちたことがあったんですが、それと似たような感じでした。本当に首が肩にめり込んだかと思いましたから。
パッキャオのパンチは我慢とか根性で どうにかなるという次元ではないんですよ。
その後もパッキャオの試合は見ていますが、相手は8ラウンドとか12ラウンドとか、よく長く戦えるなと感心しますよ。相手の戦闘意欲まで叩き潰すパンチなんですから。

■もう一度戦いたいは思いませんでしたか。
寺尾　冗談じゃないですよ(笑)。スパーリングでもやりたくないです。マスボクシングで「絶対にパンチは当てません」と書面で約束してくれるんならいいですけど(笑)。
いつも基本的に僕は負けたら必ずリベンジしてやろうと思っていたんですが、パッキャオだけは別でした。あのときだけは2度とやりたくないと思いました(笑)。
たとえば木刀を持ってもいいとか拳銃をつかってもいいとか言われたとしても、それでも勝てないと思いましたから。当時は本当に顔も見たくなかったんですよ。それがいまではパッキャオの大ファンですよ(笑)。パッキャオも僕のことを覚えてくれていると聞きましたが、ホントに嬉しいですね。

■さて、シェーン・モズリーとの試合が近づいてきました。どんな試合になると思いますか。
寺尾　パッキャオは彼自身のモチベーションがよほど落ちない限り負けないんじゃないかと思います。
僕が言うのもどうかと思いますが、パッキャオに勝つにはまずパンチを当てさせないことでしょうね。当たるとリズムに乗りますから。そして的を絞らせずに疲れさせること。でも、ものすごいスピードだからなぁ…誰も勝てないんじゃないですか。モズリーも強い選手ですが、それでもパッキャオには勝てないと思います。
パッキャオの試合はいつもドキドキしながら見ているんですが、今回もWOWOWの生中継を楽しみにしています。