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2019.1.17
OPBFフェザー級11位
日本フェザー級5位
佐川 遼(三迫)

■佐川遼 選手名鑑へ

更なるブレイクに期待! 佐川遼
  プロ3年目に突入した佐川遼(24=三迫)は、2戦目でプロの洗礼を浴びたが、以降は勝ち星を重ね、昨年はプロ4戦目でB級トーナメント優勝、6月にランカーの佐々木洵樹(帝拳)に競り勝つと、9月には世界挑戦経験者の松本亮(大橋)を3回TKOで破る快進撃で充実した一年を送った。
 アマチュアで培ったテクニックと冷静な試合運びに加え、右のカウンターが佐川の大きな魅力だ。今年のフェザー級戦線に間違いなく絡んでくるであろうホープに、今後の抱負やボクシングに対する想いなどを聞いた。


■昨年は厳しいマッチメイクを勝ち抜き、充実した年になりましたね。まずボクシングをはじめたきっかけから教えてください。
佐川 キックボクシングを中学1年から始めたんですが、そのきっかけは今ワタナベジムにいる小山内の影響です。彼の父親がキックボクシングのサークルを作っていたんです。

■同じ青森県出身の日本スーパーフライ級12位の小山内幹選手ですね。同じ中学だったのですね。
佐川 野球部で一緒だったので、小山内に誘われて始めました。最初は軽い気持ちでやっていたんですが、中学の3年間続きましたね。高校は小山内がスポーツ学科のある青森北高校に進学を希望していて、一緒にボクシング部を作ろうとまた誘ってきたので、自分も行くことになりました。



■するとボクシングは高校で始めたわけですね。成績の方は?
佐川 キックでは勝てなかったのですが、ボクシングは最初に出場した県の大会で優勝し、2年でインターハイ、3年でインターハイと国体に出場しました。

■作ったばかりの部にしては大したものですね。コーチはいたのですか。
佐川 小山内の父親にコーチをしてもらいましたが、ほぼ小山内がメニューを考えてやっていましたね。3人でスタートして、卒業する頃には9人の部員がいましたよ。



■大学は佐川選手が東農大で、小山内選手が明治でしたね。
佐川 東農大は成松先輩が抜ける時期で、拓殖と日大からも声を掛けてもらっていたんですが、拓殖は同い年に藤田健児がいて、日大もライト級の先輩が活躍していたので、農大ならリーグ戦に出れるんじゃないかなと考え進学しました。 ※リオ五輪代表・成松大介(自衛隊体育学校)

■高校でインターハイ3連覇の藤田選手と戦っていますね。
佐川 高3の2回戦であたり負けてしまいましたが、良い試合をしたと評価してもらい、それで大学から声が掛かるようになりました。それまでは県内で就職するつもりでした。大学での成績は最高が国体準優勝です。



■三迫ジムを選んだ理由は?
佐川 最初はプロ志望ではなく今の会社に就職したんですが、小山内からワタナベジムを紹介され、吉野(修一郎)先輩や同じ青森出身の三浦仁からは三迫ジムに来いよって言ってもらい、会社の通勤を考えて三迫ジムに決めました。

■プロとアマで一番違うと感じたのは何ですか。
佐川 淡々と試合をこなすアマと違い、プロはチケットを買ってその人目当てに会場に足を運ぶ。注目のされ方が全然違います。小山内のデビュー戦を見に行き、チケットを買った人が喜んでいる様子を見て凄いなと、プロでやってみたいなと思いました。

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