伝説のパッポン通り
木村 世界チャンピオンになることが目標だとは思うけど、あと何戦ぐらいで挑戦したい?
清水 2年以内ですかね。毎年勝負の年と言っていますが、とにかく一戦一戦を勝つしかないですよ。負けたら後退しますから。
木村 試合ではアマとプロ、どっちがプレッシャーは掛かる? もちろんオリンピックが一番だとは思うけど。
清水 オリンピックはプレッシャーを超えてどうでもよくなっちゃいましたね。プロのリングは身内が応援に来てくれるし、華やかでアマとは別物。全日本選手権なんかはシーンとした中でやるじゃないですか。日本のアマは独特ですよね。
木村 清水にとってアマチュア同期の村田諒太(帝拳)はどんな存在なの?
清水 腐れ縁ですから特に意識はしないけど仲はいいですよ。二人で世界戦ができれば面白いと思っていたので勝ってほしかったですね。あいつが今後どうするかも聞いてないです。
木村 清水が苦手とするタイプの選手っているのかな。例えばボディばかり打ってくる選手とか。
清水 いませんね。下を狙ってくるなら上から打てばいいし、ファイターでもボクサーでも僕の場合は関係ない。
木村 なら、今までで一番強いなと思った選手は。
清水 世界選手権の時のカザフスタン選手。あれはヤバいと思いましたね。こっちは当たらないのに、向こうはリーチがあってテンポも速いしパンチもあった。
木村 キューバとかロシア近辺にはそんなアマチュア選手がゴロゴロいるよね。やつらが全員プロ入りしたらヤバいと思うよ。
清水 ラッセルもロシア人にボロ負けしてましたよ。
木村 清水がプロでやっていく上でのモチベーションは? 例えば有名になりたいとか、お金を稼ぎたいとか。
清水 やっぱり勝つことで周りが喜んでくれることですね。これが欲しいとかの物欲はないですよ。知名度とかにもあまり興味はないかな。とりあえず世界を獲れば後からついてくるでしょう。
木村 シンプルだね。じゃあ、清水にとってボクシングとは?
清水 15歳から始めて、高校の時に1年ぐらい辞めていた時もありましたが17年やっています。岡山から東京に来れたのも自衛隊に入れたのもボクシングのおかげだし、僕にとっては「相棒」ですね。一生の付き合いですよ。
木村 「相棒」って良い言葉だね。自衛隊ではボクシングの他にも一通りの訓練を受けたの?
清水 どうだろう。射撃とかはやりましたが。僕の場合は特別採用で自衛隊体育学校から入ったので。後輩の永田なんかは一般部隊から申請を出して体育学校に入ったので、厳しい訓練を受けてきたはずですよ。
※OPBF・Sライト級14位、日本同級6位・永田大士(三迫)
木村 さっき永田選手とスパーリングをしてたね。階級が10個近く違うから、自衛隊なら清水さんと口も聞けないって言ってたよ(笑)。
清水 そんなことはないですよ(笑)。永田とは自衛隊で5年ぐらい一緒に練習をしてましたからね。
木村 高校時代から駒沢大学、自衛隊といろんな環境で練習をしてきたと思うけど、これまで一番きつかった練習は?
清水 そりゃ全日本の合宿ですよ。木村さんも一緒だったから分かりますよね。
木村 あれはハードだったね。休みなしで30分のバック連打とか意味が分からなかった(笑)。
清水 それを2セットとか。40分やる時もあって水も飲めなかったですよね。永遠に鉄アレーを持たされた時もあったし。何であんな練習をしてたのか僕も分からなかった。
木村 さっきも言ったけど、よくそれでメダルを獲れたね。
清水 村田とか川内とかは海外に行って研究するのが上手いんですよ。今、世界ではこういった攻撃が流行っているだとか。この動きを取り入れられるとか。
木村 そうそう、よく真似してたよね。コーチは怒るだけだから選手でやるしかない。
清水 「何やってんだテメー」ってね。だから僕らで考えるしかないんですよ。やっていることは昔の根性論でしたね。炎天下で水が飲めないのは本当にきつかった。
木村 でもタイの試合とか面白かったね。あまり公にできる話じゃないけど。代表のジャージを着てなくてよかった(笑)。
清水 パッポン通りでしょ、あれは面白かったですね。僕らは一回戦で終わって毎晩遊んでたけど、決勝まで残った村田がブチ切れて(笑)。懐かしいな〜。
木村 みんなエネルギーが有り余ってたんだよね。試合が終わったらまた飲みに行こう。
清水 合コンに連れて行ってくださいよ(笑)。
<取材・構成・写真/野原 写真/ボビー>