[WSB]2013.9.2
キューバがメキシコを封じきる
リングインするキューバの精鋭たち
 今年11月から開幕するWSBのシーズン4を前に、51年ぶりのプロボクシング再開という歴史的な参戦をしたキューバ(ドマドレズ)が、プレシーズンマッチとして、メキシコ・ゲレーロズと対戦。31日の現地時間13時30分から、後半戦が行われた。前日の前半5試合が終わった時点で、キューバが3対2でリードしていた。
キューバにインスパイアされた?井上浩樹(左)※写真はいとこの尚弥の試合会場にて
 10点法でノーヘッドガード。グローブの厚みとラウンド数に差があるとはいえ、オープンボクシング(旧アマチュアボクシング)のルールが、WSBルールに近づいたこともあって、30日の前半戦は、WSBと疎遠な日本の選手たちにも好評だった。
 好評の理由はもうひとつ。キューバのトップチームは、この新型イベントを舞台にしても「世界のお手本」ともいうべきボクシングを披露したのだ。
「どうしてあんなにブレないんですかね?」
 7月のアジア選手権で日本代表として活躍した井上浩樹(拓大)が、驚きの声をあげていた。
「世界選手権の代表を逃した試合で、見栄えの大切さを改めて感じていました。これまでロシアの選手を参考にしてきたんですけど、キューバも勉強したいですね」
 目から鱗というように、そう語った井上以外にも、キューバの強さに目を見張ったという声は少なくない。ここまで関心が高まると、ロンドン五輪で金メダルを獲得したロベイシ・ラミレス(フライ級)とロニエル・イグラシアス・ソトロンゴ(ライトウェルター級)の不参加に、つい物足りなさを感じたくなる。
前半戦に登場した五輪・銅のトレド(左)
 18歳で五輪を制した天才少年のラミレスは、チリのサンティアゴで開催中の第10回米大陸選手権を出場中。今回のメンバーには、最初から入っていなかったが、イグラシアスは、ほぼドタキャンだった。イグラシアス対策を十分に練っていたマルビン・カブレラ(メキシコ=ゲレーロズ)も、キューバから到着したのが、国際的なデータがないに等しいルイス・オリバであることに、困惑せずにはいられなかった。
 一抹の落胆を与えてリングインしたオリバだが、スピーディなストレートを放つ実力者だった。ただ、カブレラの堅固なブロックを崩せず、一方のカブレラも、カウンターで放ち続けたフックが空を切り続ける。終始前進を続け、あとから手を出していたカブレラが、印象のよさで49対46の3-0で、判定をものにした。31歳のカブレラは、メキシコ選手権での優勝経験もあり、WSBでもこれで6勝1敗。
アイリッシュのカミングズが前半戦でゲレーロズに勝利をもたらした
 この勝利は、ゲレーロズにとって、後半戦唯一のものとなった。
 ライト級では、リンドルフォ・デルガド(メキシコ=ゲレーロズ)も間合いの取り方が巧く、イワン・オナテ・ルイスの被弾も多かったが、スコアは惜しくも48対47。客席のメキシコ人たちはブーイングだった。
 ヘビー級戦は、この対決で、最も刺激的な試合となった。ゲレーロズの“助っ人外国人”であるファルク・カリモフ(タジキスタン=ゲレーロズ)は、2008年世界ジュニア選手権・金メダルのサボンが伸ばすリードに、ブンブンとフックを振っていくが、距離感を合わせられない。だが、徐々に的中率を高め、初回が終盤にさしかかろうとしたところで、ワンツーからの左フックを相打ち気味に叩き込んだ。
 倒れたサボンは、立ち上がるのに時間がかかるほどダメージがあり、ゴングに救われたといっても過言ではないほど。ところが2回開始5秒、サボンはジャンプ気味の左フックでダウンを奪い返す。そこからは乱打戦に突入し、足がもつれたように倒れたカリモフに、レフェリーは、ダメージありと判断して2度目のダウンを宣告する。そして再開直後に、サボンは、最初と同様のロングフックで、フィニッシュ・ダウンを追加した。
キューバ勢は前回優勝のカザフスタンも破るのか
 スーパーヘビー級では、2008年世界ジュニア選手権・金メダルのホセ・ラルドエト・ゴメス(キューバ=ドマドレズ)がムハンマド・アルジャオイ(モロッコ=ゲレーロズ)を打ちまくり、ジャッジ2人が50対43を付ける圧勝を収めた。
 最終試合に用意されたのは、2011年世界選手権・金メダルのフリオ・セサール・ラ・クルス(キューバ=ドマドレズ)とイサック・ムニョス(メキシコ=ゲレーロズ)のライトヘビー級戦。セサールはノーガードのヒット・アンド・アウェイ戦法で、これまでWSB戦5勝1敗のムニョスを寄せつけなかったが、流れに変化のない試合に、キューバ・コールとブーイングが入り混じる中でラストゴングが鳴った。スコアは50対45でセサール。
 これで2日にわたった全10階級の試合が終わり、7対3でキューバが貫禄勝ち。フットワークが多彩なキューバが、勇猛なメキシカンたちを相手に、間合いと当て勘を光らせたテストマッチだった。
メキシコは完敗でも大健闘?
 今回は敗れたとはいえ、メキシコはプロボクシング大国である。現地でトレーナーをしている古川久俊氏が「国際ルールを知っている選手がほとんどいないから、当然、技術も研究されていない」と語るほど、アマへの関心は低い。さらに古川氏は「メキシコの指導者たちは、オリンピック強化メンバーに入ると、自分の手から離れていく心配があるので、あまり預けたがらない」とも分析していた。それを踏まえると、今回の戦いぶりは、最強キューバに十分な大健闘で、この国にも、壮大なアマがあることが確認できたのではないか。
 ただ、メキシコ人の明確な勝利が、ライトウェルター級のカブレラひとつという結果は、観客の愛国心を奮い立たせたとも言いがたい。ウー・チンクオAIBA会長の掲げた「メキシコ市場の開拓」は、今回だけでははたされていなかった。
 また、このメキシコシティでは、プロの既存団体であるWBC(世界ボクシング評議会)も本部を構えている。同団体は、これまで通り、WSBにノーの姿勢を変えていない。
 WSBでは、11月からシーズン4が開幕。初陣を飾ったキューバン・ドマドレズは、11月16日にメキシコでゲレーロズと再戦し、23日にポーランドでユサールと、12月7日にはホームグラウンドのハバナで、チーム・ロシアと対戦する。ドマドレズが、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)やオレクサンドル・ウシク(同)がいた頃のウクライナ・オータマンズと雌雄を決すれば、この新型イベントは、次の境地へ行けたかも知れない。